第111章 届かない手紙〜冨岡義勇【微R】
まだ身体の奥に僅かな吐き気が残るものの、ゆきの体調は幾分か持ち直し、すこぶる良くなっていた。
彼女のお腹に新しい命が宿っているという事実は、ゆき本人と義勇、そして医術の心得がある幸の三人しか知らない。
誰にも明かしていない秘め事として、幸は毎日欠かさずゆきに、丁寧に診察を行い、心身の平穏を支えていたのである。
そんな日々が続いていたある日、屋敷の庭先に一羽の鴉が羽音を立てて舞い降りた。無一郎の鎹鴉である銀子だった。
実は、ゆきがこれまで無一郎に向けて送っていた手紙は、個人の鎹鴉ではなく、ただの伝達用の鴉に託してしまっていたのだった。
だから、美月が無一郎にばれずに回収しやすかった。
戻ってきた銀子は、心配と焦りを隠せない様子でゆきを見つめると、独特の甲高い声で捲し立てるように話しかけた。
「ゆきハ、ナンデ無一郎ニ手紙カカナイノヨ!あのコ毎日大変ナノヨ!苛々シテイルシ」
思いも寄らない銀子の言葉に、ゆきは自分の耳を疑った。
愛しい人に届いていると信じて疑わなかった手紙を無一郎が受け取っていない事を。
胸の奥から感情が溢れ出し、目元にみるみるうちに大きな涙が溜まっていく。
「私、手紙なら沢山だしたんだよ!伝達の鴉に託したよ…!返事をくれないのは、無一郎くんの方じゃない…!」
興奮気味に涙を零しながら言い返すゆきの声を聞きつけ、奥の部屋から義勇がすぐさま駆けつけてきた。
義勇はゆきの身を案じるようにそっと前へ出ると、銀子に向かって静かに言い渡す。
「何だ?時透の鴉ではないか。あまりゆきを興奮させないでくれ」
義勇の制止に銀子は不満気に羽を揺らすと、携えていた手紙をぽとりと手放した。
「無一郎ハ、ゆきガ冨岡サント楽シクシテイルンジャナイカト思イ悩ンデイルワ」
そう言い残して飛び去っていった。
静まり返った廊下に残されたのは、無一郎がゆきへ託した一通の手紙。
義勇はその手紙を拾い上げ、無言のまま、ただじっと見つめていた。
涙を拭いその手紙を、ゆきが受け取ろうと手を伸ばした。
しかし、義勇の懐へとしまわれてしまった。
「義勇さん?何をしているんですか?」
「読まない方がいいかもしれん…。」