第112章 言えない〜時透無一郎 冨岡義勇【R強強】
無一郎の姿が目の前から完全に消え去るまで、ゆきはその場から一歩も動かず、じっと遠くを見つめ続けていた。
「ゆきさん、霞柱様とはゆっくり過ごせましたか?」
背後から幸が静かに声をかける。
隠達がそれぞれ自分の仕事へ戻るため屋敷の中へ入っていく中、ゆきと義勇、そして幸の三人だけが立ち尽くしていた。
ゆきは振り返ることもせず、無一郎が去っていった道をそのまま見つめたまま、小さく口を開く。
「…はい…」
絞り出すような声に、幸の表情が曇った。
「ゆきさん…霞柱様には、あの事をお話しされたのですか?」
「…いえ……言えませんでした」
溢れ出る涙を必死に堪え、震える背中。
幸はたまらず寄り添い、ゆきを後ろからそっと抱きしめようと手を伸ばした。
しかし、その手は横から伸ばされた義勇の腕によって静かに遮られる。
義勇は幸の前に踏み出すと、そのままゆきの体を力強く抱きしめた。
突然の温もりに息をのんだゆきは、驚きのあまり身を捩り、逃れようと抵抗する。
「…義勇さん…? 離してください…!」
「じっとしろ。頼むから、今は抱きしめさせてくれ」
「嫌です…離してください!」
「ゆき!」
義勇は、優しく包み込もうとする。
だが、ゆきは涙をボロボロと溢しながら、義勇の胸を必死に押し返す。
「離して…! お願いだから離してください! …私、無一郎くんの感触を…温もりを、忘れたくないの…!」
その切実な訴えは、鋭い刃となって義勇の胸を深く抉った。
言葉を失い、苦し気に眉をひそめる義勇の腕が、ほんの少し緩む…。
その一瞬の隙を逃さず、ゆきは彼の腕を振り払うと、屋敷の中へと駆け込んで行った。
残された義勇は、ぬくもりの消えた自分の両手をただ呆然と見つめていた。
「師範…今はそっとしてあげる方が良いのではないですか?」
幸のその言葉に義勇は、機嫌を損ねたのか黙って道場の方へ向かって行った。
ゆき…
俺は…どうしたら良い…?抱きしめたかった…
だが俺の温もりは不要なのか…
お前を、ただ好いているだけなのに…
拒否されると辛くて堪らない