第30章 「善意の逆理 Ⅲ」
誰かが傷つけば、自分まで傷ついたみたいな顔をする。
誰かを救えなければ、自分の責任でもないのに抱え込む。
あの力が、それに拍車をかけてるんだろうか。
の“送る力”。
あれを使うと、送る相手の魂に残った記憶や感情が、まるで自分のものみたいに流れ込んでくるらしい。
見る、なんて生易しいものじゃない。
痛みも。
苦しみも。
恐怖も。
その人が体験したものを、自分の身体でなぞるように感じる。
魂の擬似体験。
そんなものを何度も繰り返していれば、自分の感情なのか、他人の感情なのか、分からなくなったっておかしくない。
まして今のは――。
「……五条さん」
不意に名前を呼ばれて、思考が途切れた。
顔を上げると、伊地知が少し言いづらそうな顔で立っている。
「何?」
「こんな時に申し上げるのも何なのですが……以前、調べるよう頼まれていた件で」
「……ああ」
すぐに何のことか分かった。
五条家から盗まれた、【執】の種子。
それから、悠蓮が口にした『あらや』という言葉。
「何か分かった?」
「あ、はい……」
伊地知はそこまで言って、ちらりと野薔薇を見る。
その一瞬の視線で、言いたいことはだいたい分かった。
どうやら、ここで話せるような内容じゃないらしい。
僕は膝に手をついて、立ち上がった。
「野薔薇。僕らちょっと席外すね」
「何よ。私には聞かせられない話?」
「大人の内緒話ってやつ」
「その言い方むかつく」
「すぐ戻るよ。が戻ってきたら、ちゃんと休ませといて」
「はいはい。わかってるわよ」
野薔薇が面倒くさそうに手を振るのを横目に、僕は伊地知と一緒に待合室を離れた。