第30章 「善意の逆理 Ⅲ」
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時計の針は、午前二時を回っていた。
諏訪烈は机の上の赤いアネモネに目を落とす。
固く閉じていたはずの蕾が、時間をかけて綻んでいく。
一枚。
また一枚。
血に濡れたような深紅の花弁が、静かに開いた。
諏訪烈の口元が、ほんのわずかに緩む。
「血を、花に変える。花を、記憶に変える……」
指先で、開いたばかりの花弁をそっと撫でた。
「もうすぐだよ、悠蓮。……もうすぐ、君の夢が叶う」
雨音の届かない、病院の地下。
遺体安置所には、蛍光灯の低い唸りだけが響いていた。
白い布に覆われた真澄の身体が、ひっそりと横たわっている。
呼吸はなく、心臓も動いていない。
――ミシッ。
骨が軋むような音が、静まり返った室内に響いた。
真澄の胸元から、胸骨を押し広げるように一輪の白い花が姿を現す。
やがて、その白い花弁に赤が滲み始めた。
肉体の奥へ張った根が何かを吸い上げるように、白い花が徐々に深紅へと染まっていく。
そして、花が完全に赤く染まった、その瞬間。
もう動くことなどないはずの真澄の指が、ゆっくりと内側へ曲がった。
まるで――もう一度、何かを掴もうとするように。
──第三部、了。