第30章 「善意の逆理 Ⅲ」
「、あんた、絶対にあいつの思い通りになるんじゃないわよ」
「え……」
「あんたまで勝手に一人で決めて、変なことしようとしたら承知しないから」
そう言ってから、野薔薇ちゃんは少しだけ視線を逸らした。
紙カップの蓋を指先でいじりながら、ぼそっと続ける。
「……これ以上、私の大事な友達を傷つけられたくないもの」
え。
今、野薔薇ちゃん。
私のこと、大事な友達って……。
「野薔薇ちゃん……」
「なによ」
「私のこと、大事な友達って思ってくれてるんだね」
「……っ」
野薔薇ちゃんの眉がぴくっと動いた。
「ニヤニヤするな!」
「だって、嬉しくて」
「うっさい」
ぶっきらぼうに言って、野薔薇ちゃんはぷいっと顔を逸らした。
私にとっても、野薔薇ちゃんは大事な友達だよ。
だから、私のことで危険な目に遭ってほしくない。
諏訪烈。
いつか……ううん。
近いうちに、あいつは私の前に現れるだろう。
その時が来たら。
私はちゃんと、自分で選べるのかな。
答えの出ない問いを胸の奥に押し込んだところで、手術室の扉が開く音がした。
私と野薔薇ちゃんは、ほとんど同時に顔を上げる。
硝子さんの姿が見えた瞬間、椅子から立ち上がった。
「硝子さん!」
「真澄は!?」
私たちの声が重なった。
硝子さんはマスクを顎まで下ろすと、短く息を吐いた。
「手は尽くしてるが……かなり危ない」
「……っ」
隣で、野薔薇ちゃんが息を呑む。
「出血が相当ひどい。今ある分じゃ足りなくて、追加の輸血も手配してるが……届くまで持つかどうか」
その言葉を聞いた瞬間、考えるより先に口が開いていた。
「私の血を使ってください……真澄ちゃんがまだ頑張っているなら、できることは全部やりたいです」
硝子さんはしばらく私を見ていた。
けれど、私が引かないことがわかったのだろう。
踵を返して、私に手招きをした。
「分かった。検査するから、こっちこい」
「はい!」
硝子さんの背中を追って、採血室へ向かった。