第30章 「善意の逆理 Ⅲ」
「五条さんは、チョコレートラテですよね」
「お、伊地知わかってるー」
続けて、もう一つの紙カップを野薔薇ちゃんへ差し出す。
「釘崎さんも、どうぞ」
「……どうも」
「あと、少しですが食べるものも。落ち着いたら、よかったら食べてください」
そう言って、伊地知さんがもう一つの袋を椅子の上に置く。
中にはゼリー飲料やおにぎり、個包装のチョコレートが入っていた。
それからしばらく、誰も口を開かなかった。
私も何か話す気になれなくて、黙ってミルクティーに口をつける。
野薔薇ちゃんに視線をやると、紙カップを握ったまま俯いていた。
口をつけた様子もない。
まるで、心だけがまだあの屋上に取り残されているみたいだった。
「……私、あいつを絶対に許さない」
ぽつりと、野薔薇ちゃんが呟いた。
「……あいつ、とは?」
伊地知さんが戸惑ったように聞き返す。
「あいつよ」
野薔薇ちゃんが顔を上げた。
赤く腫れた目には、さっきまでの虚ろさとは違う、はっきりとした怒りが宿っていた。
「諏訪烈」
その名前が落ちた瞬間、待合室の空気がしんと冷えた。
「千尋のことも、真澄のことも。人の弱ってるところにつけ込んで、好き勝手利用しやがって」
野薔薇ちゃんの手の中で、紙カップが小さく軋んだ。
「……野薔薇ちゃん、ごめんね」
「は? なんでが謝んのよ」
「だって……」
諏訪烈が何を企んでいるのか、まだ全部は分からない。
でも、あの男は何度も私の前に現れて。
悠蓮のことを知っていて。
『Re:bloom』にも関わっていて。
「あいつの狙いは……私だから。真澄ちゃんも。千尋ちゃんも。みんな、私のせいで巻き込まれて――」
「ばか」
「え」
「そうやって、何でも自分のせいにすんのやめなさいよ」
「でも……」
「野薔薇の言う通りだよ」
先生の声が、私の言葉を遮った。
「君が狙われてることと、今回の事件は別の話。そこまで君が背負う必要はないよ」
「……先生」