第30章 「善意の逆理 Ⅲ」
「……」
「……っ」
先生が一度、きょとんと瞬きをする。
それから、口元を押さえてくくっと笑った。
「全然、大丈夫じゃないじゃん」
「こ、これはっ! 今のはただ、ちょっと冷えただけで……!」
言い訳をする私の肩に、ふわりと先生の上着が被せられた。
まだ体温の残る上着に、冷えていた身体がほっと緩む。
「それ着てて。病み上がりなんだから、無理しないの」
「……ありがとうございます」
私には大きすぎる上着の縁を、両手でぎゅっと握りしめた。
すると、先生の腕が私の肩に回り、そのままぐっと引き寄せられる。
身体が傾いて、先生の肩にこつんとぶつかった。
「少し休みなよ。まだ長くなりそうなんだから」
「はい……」
目を閉じて先生に身体を預けると、張り詰めていた肩の力が少しずつ抜けていく。
「……うわ」
その声にぱっと目を開けると。
トイレから戻ってきた野薔薇ちゃんが、濡れた髪をタオルで拭きながら立っていた。
「こんなとこで何やってんのよ」
いつもの野薔薇ちゃんの調子に聞こえるが、目元はさっきより赤くなっていた。
「こ、これは違うってば!」
慌てて先生の肩から身体を起こす。
「が寒そうだったから、温めてあげてたの。野薔薇も僕の胸に飛び込んでもいいよ」
「誰がするかっ!!」
野薔薇ちゃんはそう吐き捨てるように言って、私たちの向かいの椅子にどかっと座った。
そして、呆れたようにため息を吐いたところで、自動ドアが開いた。
「皆さん、お待たせしました」
顔を向けると、伊地知さんが紙袋を抱えて戻ってきた。
私たちの前まで来ると、紙袋から紙カップを取り出す。
「さんは、ミルクティーでよかったですか?」
「はい。ありがとうございます」
受け取ったカップを両手で包むと、じんわりと熱が伝わってきた。
蓋を少し開けると、甘い香りと一緒に白い湯気が立ち上る。
ひと口飲むと、温かいミルクティーが冷えた身体の奥まで染みていくようだった。