第30章 「善意の逆理 Ⅲ」
「あんたは、私の……数少ない友達なのよ。だから、さっさとこっち来いって言ってんの。千尋のところじゃなくて……」
我慢してもダメだったか。
涙がぽろぽろと頬を伝っている。
それでも、笑ってやった。
「私のところに帰ってきなさいよ、真澄」
真澄の泣き腫らした顔が、さらにくしゃりと歪んだ。
「……野薔薇ちゃん」
「何よ」
「ありがとう」
礼なんていいから。
さっさと私の手を掴め、真澄。
「もう、分からないの」
「分かんないなら、分かるまで一緒に考えればいいでしょ」
「……」
「一人で勝手に答え出して、終わらせようとしてんじゃないわよ」
真澄が、ほんの少しだけフェンスから離れた。
私の手を取ろうとするみたいに、手がこちらへ伸びかける。
「私、野薔薇ちゃんのところへ帰りたい」
「だったら――」
「千尋が……あと一人って言ってるの」
泣き腫らした目が、ゆらりと揺れた。
「あと一人は……私だったみたい」
「真澄、今は千尋の声なんて聞かなくていいからっ!」
「千尋が私を許さないのか、私が私を許せないのか……もう、分からないの」
私が一歩踏み出した、その瞬間。
真澄が掴んでいた金網の一部がほどけ、赤錆びた鉄線になって私の足首に絡みついた。
同時に、残った金網がの前へせり上がり、行く手を塞ぐ。
「なっ……!」
「真澄ちゃん!」
踏み出した足が引き戻される。
振りほどこうとした手首にも、別の鉄線が巻きついた。
も小太刀を叩きつけるが、複雑に絡んだ金網は一撃では断ち切れない。
たった数秒。
でも、その数秒が致命的だった。
顔を上げた時には、真澄はもう屋上の縁に立っていた。
「私、すごく嬉しかったよ。野薔薇ちゃんが、私のこと覚えててくれて」
「やめろ」
「私と友達になってくれて、ありがとう」
「これ解きなさいよ、真澄!!」
「ふみちゃんにも……よろしくね」
真澄は、泣きながら笑った。
「またね、野薔薇ちゃん」
「……っ、だめぇぇっ!!」
必死に伸ばした私の手は、あと少し届かなかった。
真澄の身体が傾き、そのまま私たちの視界から静かに消えていった。