第30章 「善意の逆理 Ⅲ」
「真澄!」
私が叫ぶよりも、真澄の喉が小さく上下する方が早かった。
黒い種が、真澄の口の中へ消える。
「これで、千尋のところへ行ける」
「違う!」
が叫んだ。
その声に、真澄の肩がびくりと揺れる。
「諏訪烈に何を言われたのか、分からない。でも、それは違う」
「確かに、真澄ちゃんは罪を犯したよ。千尋ちゃんを助けられなかったことも、復讐のために人を傷つけたことも、なかったことにはできない」
「だけど、千尋ちゃんの痛みを知ったからって、千尋ちゃんの運命まで真澄ちゃんが背負う必要はない」
が、小太刀を握る手に力を込めたのがわかった。
「誰かの痛みや苦しみに触れて、それが自分のものみたいに流れ込んできても……今ここにいる自分まで、全部なくさなくていい」
「……少なくとも、私はそう信じたい。誰かの運命を背負うことと、その人に呑まれることは違うよ」
の“送る力”は、その魂に残った苦しみや痛みまで流れ込んでくるもの。
だから、その言葉には重みがあった。
でも、どこか。
真澄に向けられているはずなのに、自身にも言い聞かせているように聞こえた。
私は声が震えそうになるのを、奥歯で噛み殺す。
「真澄。あんたは、大間違いの大馬鹿よ」
言葉にするたび、自分の胸も抉られるみたいだった。
視界が滲んでくる。
こんなところで泣きたくない。
泣いたら、真澄まで崩れてしまいそうだったから。
だから、必死に睨みつけた。
「だけどね。私があんたを見捨てる理由にはならないんだよ」
「……え?」
「言ったわよね」
私は濡れた床を踏みしめ、真澄に手を伸ばした。