第30章 「善意の逆理 Ⅲ」
『あんた、自分がどうなるか分かってるの?』
『警察なんか呼んだら、大ごとになるでしょ』
『このまま黙ってれば、ただの飛び降り自殺になるから。あんたも、ここにいたんだから共犯なんだからね』
当時のあいつらの言葉を繰り返す真澄の声は、ひどく冷たかった。
「……でも、本当に最低だったのは私なの」
「ここで逆らったら、次は私が標的にされる。千尋がいなくなって、また独りぼっちになるのが……自分が、いじめられるのが怖かった……っ」
真澄の手が、濡れた床を強く掻きむしる。
コンクリートの破片で爪の先から血が滲んでいた。
「千尋のおかげで、やっと居場所ができたのに。またあの惨めな毎日に逆戻りするくらいならって……一瞬でも、そう思っちゃったの……!」
真澄が、声を上げて泣き崩れた。
「あいつらに逆らえなかった。何もできなかった……っ。あの時、救急車を呼んだら助かったかもしれないのに」
泥だらけの屋上に、彼女の嗚咽だけが響く。
私たちは、ただ黙ってその姿を見下ろしていた。
保身のために、人の命を隠蔽する。
自分が標的になるのが怖くて、親友を見殺しにする。
(……ほんと、反吐が出るわ)
人間の醜い悪意が千尋を殺した。
そして、その死に押し潰されそうになっていた真澄の弱さにつけ込んだやつがいる。
そこには確実に、あの男の影がある。
諏訪烈。
千尋が持っていた黒い種。
真澄が口にした、あの男の名前。
点と点が、嫌な音を立てて繋がっていく。
金槌を握る右手に、ギリッと力が入った。
「真澄ちゃん。諏訪烈とは、どこで会ったの?」
が尋ねると、真澄は床に視線を落としたまま答えた。
「千尋が亡くなって、しばらくしてから……私、あのビルの近くにお花を持って行ったの。そこに……あの人が、私に声をかけてきて。千尋の声を聞きたくないかって」
「千尋は、まだ終わっていないって。あの子の痛みも、恨みも、悔しさも、全部まだ残っているって」
真澄が、自分の胸元をぎゅっと掴む。