第30章 「善意の逆理 Ⅲ」
「その時は覚悟して。僕、本気だから」
胸の奥がどくんと跳ねる。
先生はいつもの軽い調子で笑っているのに。
少しも冗談に聞こえなかった。
本気って。
それって。
もしかして……?
考えれば考えるほど顔が熱くなっていく。
たまらず、視線をシーツの模様へと逃がした。
「……先生ってば、ほんとに」
「すぐ照れるんだから」
先生はベッド脇の椅子に腰を下ろして、軽く頬杖をついた。
「ね。今度さ、旅行でも行こうよ」
「……旅行?」
「そ。僕の実家に行った時も、熊本の時も、結局は任務絡みだったでしょ」
先生は指折り数えながら、続ける。
「だから次は、完全にオフのやつ。温泉とか、美味しいもの食べに行くとかさ。、どこ行きたい?」
さっきから、当たり前のように私との『これから』を語るその無邪気な声が、鋭い針みたいに突き刺さる。
行きたい。
先生と一緒に、もっといろんな景色を見たい。
でも、私にはもう――。
「……?」
返事をしないでいると、先生が不思議そうに首を傾げた。
笑わなきゃ。
気付かれちゃだめ。
先生をまっすぐに見つめ返して、明るく振る舞う。
「行きたい、です」
「うん」
「すっごく、行きたい」
そう言うと、先生は満足そうに口元を緩めた。
「でも……先生、お休み取れるんですか?」
「まっかせなさーい」
先生は得意げに親指を立てる。
「伊地知が頑張るから」
そこは伊地知さんなんだ……。
いつもの先生すぎて、自然と笑いがこぼれる。
ふいに先生の長い腕が伸びてきて、私の身体をそっと包み込んだ。
ベッドに座る私を引き寄せるようにして抱きしめてくる。
「……先生?」
耳元に触れる白い髪。
制服の匂いと、先生の体温が私を包む。
「約束だからね」
その言葉に、私の決意がまた揺らぎそうになる。
「……はい」
先生の背中にゆっくりと腕を回した。
服がシワになるくらい、その背中を強く握りしめる。
(もう少しだけ)
どうか、この温かい時間が。
少しでも長く、私に許されますように。