第30章 「善意の逆理 Ⅲ」
「この子、頼むわ」
「えっ、あの……」
「いいから! 救急車でも先生でも、さっさと呼んできなさい!」
戸惑う生徒たちを怒鳴りつけるようにして、制服についた土を乱暴に払った。
(逃がすもんですか)
私は人影が消えた屋上を睨みつけ、迷わず校舎へと走り出した。
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階段を一段飛ばしで駆け上がり、屋上へ続く重い鉄扉を勢いよく蹴り開ける。
ガァンッ!
大きな音を立てて開いた視界の先、フェンスの前に一人の女子生徒が立っていた。
強い風に、肩にかかった髪とスカートが揺れている。
その音に、彼女はびくりと肩を揺らして振り返った。
「野薔薇ちゃん……?」
「……真澄」
真澄は、困惑したように目を見開いていた。
私と屋上のフェンス。
それから、さっき女の子が落ちたはずの中庭の方へ、忙しなく視線を動かしている。
「真澄、ここに誰かいなかった?」
私が問い詰めると、真澄は小さく首を振った。
「わ、分からない。私も今、悲鳴を聞いて駆けつけたの。どうなってるの……?」
くそっ、逃がしたか。
下にいた子を受け止めてからここまで来た。
その間に、屋上にいた人影が逃げる時間はあったかもしれない。
舌打ちしそうになるのを堪えて、私は踵を返した。
「待って、野薔薇ちゃん」
背後から、真澄の声が追いかけてくる。
「あの子、大丈夫だった? 屋上から落ちた子……」
「なんとか生きてるわ」
「よかった……。でも、野薔薇ちゃんの術式、すごいね。あんなことまでできるんだ」
その言葉を聞いた瞬間、足が止まった。
「……今、なんて言った?」
「え?」
「見えたの? 私の術式」
真澄の表情が、ほんのわずかに固まる。
「……何言ってるの? 昔、話してくれたじゃない」
「呪いが見えることはね。でも、術式のことまでは話してない」
私は金槌を握り直して、ゆっくりと距離を詰めた。
「だいたい、私の知ってる真澄は非術師よ。私の術式なんて、見えるわけねーんだよ」
真澄は何も言わなかった。
強い風が吹き抜けて、彼女の髪を大きく揺らす。
「……お前」
私は、目の前に立つ『それ』に向かって言い放った。
「千尋だろ」