第30章 「善意の逆理 Ⅲ」
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野薔薇ちゃんが新田さんと一緒に医務室を出ていくと、部屋の中は急に静かになった。
私は手元の時計に、もう一度視線を落とす。
やっぱり、時間がずれている。
それも少し早く。
「……変なの」
小さく呟いた、その時。
「何が?」
不意に聞こえた声に、肩が跳ねた。
顔を上げると、いつの間にか医務室の入口に先生が立っていた。
「せ、先生……!」
「お見舞いきたよ」
先生は目隠しをいじりながら、ベッド脇まで歩いてくる。
「野薔薇、来てたんだ」
「はい。ケーキを持ってきてくれました」
そう答えると、先生は少しだけ目元を緩めた。
「で? 体調は?」
「大丈夫です。硝子さんが、検査でも異常ないって」
「そ。よかった」
先生の大きな手が、私の頭にぽんと乗る。
その何気ない仕草に、胸がぎゅっと苦しくなった。
明日が来れば、また笑おう。
そう決めたばかりなのに。
先生に触れられるだけで、簡単に揺れてしまう。
「……薬、飲んだ?」
一瞬、息が止まりそうになる。
薬。
アフターピルのことだ。
先生、硝子さんから聞いたんだ。
「……うん」
胸がちくりと痛む。
先生が、もし何かあれば責任を取ると言ってくれたこと。
その言葉は、嬉しかった。
嬉しかったのに、私は薬を飲んだ。
「……ごめんなさい」
「なんで、が謝んの?」
先生の手が、私の頭から頬へ滑る。
親指が、目元のあたりをそっと撫でた。
「僕が責任取るって言ったのは、に全部背負わせないためであって、の選択肢を奪うためじゃない」
「……でも」
先生は少しだけ困ったように笑った。
「僕、そんなに器小さく見える?」
「ち、違います……!」
「じゃあ、謝んないの」
そう言って、先生は私の額に軽く指を当てた。
「ただし……が大人になったら」