第10章 お風呂に入ろう
「十蔵か。余計なことを」
ここにはいない男の余裕の笑みを思い出し嘆息する。佐助が時間がない中で選んだ人間の質とその人間からの人望の無さに苦虫を潰したような表情を見せる。
「幸村様の前に立ちはだかるのなら、それが誰だってうめの敵だよ」
キッと眉を引き上げ佐助を睨みつけるうめ。
今度は佐助がたっぷりと時間をかける。
「はぁー」
大きく息を吐きだすと、手の中の苦無をくるりとひとまわしして懐にしまう。
なんだってこんなに主を大事に思う妹分の心変わりを疑うことになったのか。佐助とて本気で疑っていたわけではないのだ。結局は竜の片想い、ざまあみろと鼻で笑ってやった。
「んで?」
「えっ?」
「十蔵にずっと虐められてたんだろ? なにされたの?」
突然、機嫌よく笑みを見せる佐助にうめが目を輝かせる。
「聞いてくれるの?」
「屋敷に戻るまでの間だけなー」
そう言って一歩踏み出す佐助を慌てたようにうめが追いかける。
指を顎に当て、斜め上を見上げながら過ぎた記憶を辿る。
「えっとねー。夜おんなじ部屋だったんだけどー。うめに相手しろって……」
話の途中で振り返った佐助の影が無防備な首に伸びる。
「よしっ!」
小気味よい掛け声とともにうめの視界がぐっと跳ね上がった。
「っぐぅ! なにが”よしっ”なのさっ!」
布がきしみ、ぐいと掴まれた襟の分だけ顔を出した白い足が宙で揺れる。
佐助は無理につかみ上げた小柄な体を、そのまま木の幹に押し付けた。
「ぐえっ」
と苦悶の表情を見せるうめに、佐助は満足そうに口の端を吊りを上げる。
「歩いたら屋敷に着いちまうだろ」
「普通に引き止めればっ、いいじゃんっ!」
うめは着物を掴む手首に指をかけた。少しでも楽な体制をと粘るが、力の差は歴然だった。
「もう一度説明しな」
睨みつけてみても、こともない顔で交わされる。諦めたようにうめがふっと力を抜くと、それに呼応するかのように掴まれた布にかかる力が緩んだ。
「甲斐に着く前の日の宿場でね、十蔵が女の人呼びたいからって、うめのこと物入れに押し込もうとしたの」
「ほう」