第10章 お風呂に入ろう
人里離れた山奥で叫びながら駆ける男たち。正確には叫ぶ男と引き擦られながら悲鳴を上げる男の二人組。
少し離れた崖の上、小助はその姿を見下ろしていた。
「ねえ、うめ臭い?」
「あんっ?」
聞こえた返事は近いが、それはもう織り込み済みで特に驚くことなくうめは続けた。
「臭いって言われたの」
額に手を当て、その手を嗅ぐが激臭万能薬の臭いはしない。うめとて忍びの端くれだ。犬には及ばないが常人よりは鼻が利く。
「だから人の言うこと真に受けるなっての。そうやって喚くから喜ぶんだって」
佐助がスンスンと鼻を鳴らすがあの薬の臭いはない。あれは乾きさえすれば、まったくの無臭になる。それを知っていてもあの臭いを一度でも嗅げば、少しは残っているのではという気持ちになってしまう。
あの意地の悪い竜のこと、団子屋の娘に化けていたことに気が付いて鎌を掛けたのだろう。もっとも団子屋の娘と政宗の接点を見逃したのは、佐助の過ちだが当たり前のように流す。
「ううっ。あの人たちもういやだよう」
「はいはい、好き嫌いでお仕事を選ばない」
涙ぐんだ後輩を言葉だけで冷たく突き放す。
佐助だっていけ好かない輩の世話は願い下げだが、他に任せられる人選もできない。幸村なら機嫌を損ねるようなことは絶対にないが、手合わせと称して本陣の破壊行為をされた日には修繕費用だけで馬鹿にならない。配下の忍び風情が心配するのは恐れ多いが、他に心配する人間もいないからしかたない。それにうめを選んだことは、客の機嫌を取る以外の意味もある。忘れていたわけではないが、それを思い出し、ぎしりと歯を鳴らす。
「ねえ、佐助」
「なによ?」
鈴を転がすような澄んだ呼び声に気持ちを幾分戻す。
「うめは幸村様だけだから」
たっぷりと時間をかけて答えた言葉は、前の話に全くつながらない。それでも佐助が一番聞きたかったことだった。