第23章 Amazing Grace
ゆっくりと能村さんの顔が浮かんだ。
部屋の隅でいつもの闇が、そろりと蠢いた。
でもいつもとは違うのは、井ノ原先生や三宅先生、整形外科の同僚たち、そして看護師長の瀬戸さん…みんなの顔も浮かんだ。
まだ1年も経っていないはずなのに、懐かしさで胸がぎゅっとした。
「会って、みます。というか、行ってみます。病院に」
「え…?おまえ、大丈夫なのか?」
「西島さん…それ、精神科の医者があんまり言っちゃいけないセリフじゃないですか?」
そう言って、俺も西島さんの目を覗き込んでみた。
「たはっ…」
西島さんは目を片手で覆うと、笑い始めた。
「こりゃ、やられたな」
「すいません…おこがましいこと言って…」
「いやいいんだ。そうだった。患者の言うことはまずは否定せず聞け、だったな…」
やれやれといった風情で自分の頭を軽く掻くと、俺の手を改めて握り直した。
「まだ俺は早いと思うがな…だがこのままだとあの病院の内規で、年度末が来たら自動的に依願退職という扱いになるらしい。おまえは仕事のせいで精神がぶっ壊れてるんだからそれはないよな」
確かに職場が原因で体調を崩したのだから、病休とかそういう扱いにしてもらわないといけないのかもしれない。
「でも俺迷惑かけてしまったし、それでも…」
「そういう前例を作ってしまうと、次にもし翔みたいなことになった人が依願退職扱いされてしまうかもしれないから、そこはちゃんとしておこう」
やっぱりこの人、めちゃくちゃいい医者なんだ。
俺は正直そこまで気が回らなかった。
自分のことばかりだ。
「それにもし復帰するならそれは阻止して休職の延長にしないと。だが辞めるにしても次の職場に影響が出るだろうから、依願退職にしないために診断書を提出するなり、やることがあると思う。だから顔を出すのもいいかもしれんな。稲垣あたりに付き添いを頼もう」
「いえ、そんな…ご迷惑をかけるわけには…」
「俺も智も、表にゃ出られない身分だからな…あ、なんだったらお友達でもいいとは思うぜ?」