第23章 Amazing Grace
「和也って覚えてる?」
突然出てきた名前に、少し驚いた。
今の話になんの関係があるっていうんだ。
「悪い。嫌なこと思い出させたか?」
表情に嫌悪が出てしまっていたのか、智が謝ってきた。
そう、和也って名前は俺にとって嫌な響きだ。
8年も経つのに、あの憎しみのこもった目は忘れられない。
弟を誘拐して俺に余計なことを喋ったら殺す、と脅してきた奴でもある。
「いや…別にいいんだけど。終わったことだし。でも何?いきなり」
「あいつ…な。あいつ、ろくな家で育っていなくて。親に虐待されて、家を追い出されてな」
「え…?そうなの?」
だからあんな若さで殺しの仕事なんか請け負っていたのか。
あのころ10代だったから、今は20代半ばになっているはず。
「俺、事件の前に実家にいた頃はそんな奴が周りに居なかったから、和也の話聞いたとき本当に現実なのか疑った」
そう言うと、少し決まり悪そうな顔をした。
「事件後に同性愛の奴の家に転がり込んで、初めてそういうことで虐待する親が居ることは知ったけどな…」
「ああ…まあ、ね…」
どう答えたらいいかわからなくて、曖昧に頷いてしまった。
「でもそのとき和也は同性愛者であることは親に言えてなかった。だから正直、なにか特に人と違ってるわけでもなんでもないのに虐待されるって意味がわからなかったんだ。あいつは頭もいいし、顔立ちだって人よりシュッとしてるっつうか…」
モゴモゴと言い淀んで、そのうち下を向いてボリボリと頭を掻いた。
上手く俺にどう言葉を伝えたらいいか、苦慮してるみたいだ。
「まあ…俺も学生時代は周りにはそんな奴いなかったけど…」
そう助け舟を出すと、嬉しそうに顔を上げた。
「だろ!そうだよな!?」
「う、うん…」
すごい勢いの前のめりに少しびっくりしてたら、気づいたのか少し恥ずかしそうな顔をして姿勢を戻した。
「……でも実際、酷い傷の跡が背中にあってさ。それ見たとき、初めて“これが現実なんだ”って思った。親でもそんなことができるんだって……その残酷さが、ようやくわかった」
握っていた手を離してボリボリと頭を掻くと、俺から目を逸らした。
「…たまに、和也と翔が重なって見える時があった」
「えっ」
あまりの言いように、言葉をなくしてしまった。