第10章 ルーツを探しに出かけましょ
切な気なメロディと取り残されたように街に佇む女の想いは、何処となく鬼鮫の心にひっかかった。
勿論、彼は失恋した覚えはない。
けれども、空虚を感じるだけの経験は数多くあった。
その経験が、この歌に引き寄せられる気がした。
素直に歌ってくれ、と言葉が出るほどには。
「――あなたにとって私、ただの通りすがりーー♪」
鬼鮫にとって、誰も彼もが通りすがりだった。
通りすがりにしておかなければ、任務などとても全うできなかった。
全てにおいて、一線が引かれた味気ない世界。
虚しいという言葉でさえ、生易しく聞こえるくらいには擦り切れた世界を歩んできた自覚はある。
「――あなたにこの指が届くと信じていたーー♪」
誰かに手を伸ばしたいと思ったことは、おそらく遠い昔にはあっただろう。
だからこそ、その歌詞が耳障り良く響いた。
改めて聞くと、何と陳腐な物語か、という感想ではあるが、それでも、今日はこの歌がやけに心に残る。
歌い終わり、エニシに背を向けていた鬼鮫は
人知れず小さく息を吐き出した。
「他にもリクエストあります?」
その朗らかな言葉に、鬼鮫は他の曲を思い出す。
だが、これといって惹かれた曲はなかった。
黙っている彼をどう受け取ったのか、エニシは違うメロディを口ずさみ始める。
「――出逢えたことから全ては始まったーー♪」
静かな音の中に、時折小さな棘のように欠片が落ちてくる。
「――平然を装っていたけどーー♪」
その言葉に、本当は…、などという言葉が不意に生まれた。
―今日は本当におかしな日だ…。
鬼鮫は心の中でそう呟いて苦笑する。
それと同時に今日くらいはいいか、と肩の力を抜く。
自分の生まれるまでの歴史に触れた気がして、見えなかった自分の存在が少しだけ彩られた気がした。
故に、様々な”今まで”が揺らいでしまったのだ。
“これから”を踏み出すには酷く心許なかった。
エニシはおそらく、そんな鬼鮫には気づいていない。
だが、そのいつも通りであることが、彼にとっては心地よい。
“清”と”濁”が同時に存在し、どちらも独立しているような不思議な時間。
鬼鮫には、”今”を癒されたような心地だった。