第26章 猫舌の君にはまだ早い《前編》◉天喰環
友人らしき人影と言葉を交わしながら中庭をゆっくりと歩いていく、初めて見る制服以外の姿に心臓が掴まれるように苦しい
「えらい別嬪さんやないか、ファットさんもフリーやで!」
「だめだ・・彼女は、渡さなぃ・・」
「声ちっさ」
渡さないなんて何様のつもりだ、ずりずりとガラスに額を擦り付けながら耳が熱くなっていくのを感じる
ピントを合わせるように彼女の周りに意識を集中させ、その唇の言葉をいくつか読み取った
「周りに、めちゃくちゃ男が居る・・」
「モテんねんなぁ」
学部の男女比率は確か女子の方が高かったはずだ、特にあの横の男、肩の触れ合うような距離、読み取った彼女の言葉、思わず口から出た恨み言が窓ガラスを白く曇らせる
「さっきからベタベタと・・!」
「ほー、嫉妬でスイッチ入るタイプなんか」
てっきり帰りたい〜言うんか思てたわ、揶揄うファットの声が背中に消えていく
音もなく駆け降りた階段、彼女の声に耳を澄ませながらその後ろ姿を追って
「はぁっはぁ・・っ、薬師、さん」
絞り出した声に数メートル先の背中が此方を振り返る
長いスカートがふわりと柔らかく揺れて、透き通る初夏の空と萌える緑が彼女を花のように彩っていた
「あ、天喰くん・・!?」
嫉妬のあまり反射的に飛び出してきてしまったのを一瞬忘れていた、なんて考え無しなんだ俺は、ああ、
「帰りたい・・!」
この注目に耐えられる気がしない、病棟の外壁に額を付けた俺に彼女が恐る恐る近づく気配がする
研ぎ澄ませ嗅覚、彼女の懐かしい香りが俺に此処に来た目的を思い出させるはずだ
「そうだ、か、帰らない」
「天喰くん、大阪じゃ・・?」
壁を向いたままの背にその指先が触れる、びくっと震えた俺に慌てて彼女が腕を引っ込める気配がして、俺は額を壁にめり込ませた
「その格好・・、お仕事で来たの?」
外壁に擦り付けたままこくこくと頷くと、小さく笑った彼女がゆっくりと俺の腕を後ろに引いて
パラパラと額から肩に落ちた破片を払いながら、困ったように俺を見上げた
「珍しいね、東京にも来ること、あるんだ」
「君の、警護に・・・・来たんだ」
「え?」
私、警護されるようなこと何も無いよ?、その言葉にちらりと目線を上げる
先ほどまで彼女の横にいた男に視線を遣るとその頬が淡く色づいた
