第26章 猫舌の君にはまだ早い《前編》◉天喰環
今にも落ちそうな瞼、気合いを入れる為に両頬を思い切り叩く
雑踏の中でも決して見失うことのない黄色い背中を眺めながら、俺は欠伸を噛み殺した
「自己嫌悪引きずって寝不足なんやろ、アホやなぁ」
ホンマ手掛かるヤツや、呆れた溜息を溢したファットがやっとのことで改札を通り抜ける
「聞いてない・・ファットも行くなんて・・」
「言うてなかったか?クライアントは俺をご指名や」
いや、確かに「ファットガム事務所」と言っていたはずだ、そう顔に書いてあったのだろう、
楽しそうに笑いを飲み込んだファットが大股で歩き出した
「今回は俺ひとりで充分や」
ファットの言わんとしている事が分からない、じゃあ俺は・・?、手渡された新幹線のチケットを見つめながら息を呑む
「ずっと休み返上で働き詰めやったやろ」
東京旅行は優しいファットさんからのプレゼントや、交通費は給与天引きやけどな!、揺れる視界に呆れたように笑うファットの姿が滲んでいく
「不器用なお前のことや、仕事与えたらそれしかせんやろ」
「ふ、不甲斐ない・・」
「短い休みやからな、あっという間に終わってまうで」
砕けた後の計画も練っときや、揶揄うように片眉を上げたファットが大きく伸びをする
不甲斐なさの中絞り出した精一杯の感謝は、車内のアナウンスに見事に被ってしまった
「ほんで環、朝は何食べてきたん?」
「・・牛丼」
動体視力を上げるために鮪も食べたことは言わない方がいい、にやにやと笑うファットと極力目を合わせないようにして俺は流れていく青々とした景色を見つめた
白い壁と白い床、検査入院中の警護をまさかれた個室で挨拶を済ませ部屋から出ると、陽の差し込む明るい渡り廊下が広がっている
すれ違う白衣には職員と学生が混じり、患者の着用している水色が交じる淡い色の空間
病棟と大学棟を結ぶそこからは、広い中庭を見下ろす事ができた
「ホンマは牛丼以外にも何か食うてきたやろ?」
「会いたかった・・・・・・!」
「まだ会うてない、お前が上から見てるだけや」
おそらく午後の授業終わり、チャイムが鳴り終わると同時に学生たちがぞろぞろと中庭に出始めて
窓ガラスに張り付いて十数秒、大学棟から出てきた彼女を見つけるのはいとも容易い事だった