第26章 猫舌の君にはまだ早い《前編》◉天喰環
「あ、薬師先輩ならあっちっす」
「え゛あ、なん・・っ」
「会いに来たんすよね?」
当然のように部屋の奥を指差した彼が、興味無さげに貸出モニターに視線を戻す
波動さんとミリオの言った通りだ、あまりの情け無さで消えたくなる
「先輩、もう赤いっすよ」
「・・・」
仕方ないだろ・・顔の温度も色もコントロールできないんだ・・、小さく呟きながらフードのかわりに前髪を引っ張る
髪を伸ばせる物でも食べてくれば良かったんだ、相変わらず痛む胃をさすりながらよろよろと部屋の奥を目指して
分厚く背の高い本に囲まれた一角、木製の大きな机に広げられた草花の図鑑
本棚の陰から盗み見るように気配を消すと、ゆっくりとページを捲る細い指先に釘付けになる
落とされた穏やかな視線、淡い西陽がその横顔を照らしている
廊下や食堂で見かける賑やかな姿とはまた違う、この場所で一人きりになった彼女はいつも心地のよい微睡のような空気を纏っていて
———もう会えなくなるから告白しないの?
この場所で俺だけに向けられる微笑みが、忙しなく隙の許されない日常の中でどれほどの救いになっていたか
「・・す、す」
俺なんかに好かれるのは迷惑に違いない、でも俺の想いを知ってなお、幾度となく二人の時間を過ごしてくれていた事に小さな期待が芽吹くのを自覚する
君が好きだと、伝えてもいいだろうか、
「わっ、天喰くん?びっくりした・・!」
「す、すす・・!」
「そんな所で何してるの・・?」
驚きに見開いた綺麗な瞳が棚の陰にいる俺を捉えている、なんだか久しぶりだね、はにかむような笑みが眩しくて胸が苦しい
「う゛ぅ・・っ」
「大丈夫、?とりあえず座って・・?」
胸を押さえて悶える俺を見て彼女が心配そうに立ち上がる
ああ情け無い、優しく引かれた腕から流れ込んだ熱が顔に集まるのを感じて
絞り出せ、そして謝るんだ、先に腰を下ろした彼女を見下ろし唇を噛み締める
深々と頭を下げると彼女が大きく息を呑む気配がした
「す・・きなんだ・・申し訳ない・・」
「君に・・迷惑をかけて・・」
発したのは想像していたよりもずっとずっと小さな音で、規則的に響く空調の音が辺りに響いていた