第2章 三十日月2
ミノムシだった善逸もあの男のようにわけのわからない動きをしていた。
夜の静寂を切り裂く奇声をあげて、縛られている人とは思えない動きをして怯えていた。
しかし善逸は、あの男のように動けない女を置いて逃げるだろうか。
甲高い悲鳴を上げて、へっぴり腰でみっともなく逃げるだろう。
けれども怯えながら、震えながらも朔の手を取り、最後まできっと手を離さないだろう。
あんな男と重ねてみるなどどうかしていると、首を振って意識から追い出した。
男を追うことはなかった。
すきっ腹には男よりも柔らかい女がいい。
残されてた女にあんたおいていかれちゃったね。と丁寧に状況を告げてやる。
何も言い返せず、ただ真っ青な顔で唇を震わせるだけの女。
今から起こることに悲観しているのか。先に逃げた男を恨んでいるのか。
本人の見る目がないにしても愛する男に置きざりにされ、死に向かう女の哀れさに少しだけ同情心が出る。
逃がす理由にはならないが。
尻もちついたまま悲鳴すらあげられないみじめな女。
今度は外す要因はない。
振り上げた手が、女の首を狙う。
その爪が女に触れるか触れないかのあたりで止まった。
「ふーん」
その目に映るのは食事ではなく、女の纏う矢羽根柄の橙の着物だった。
男に会うためにしゃれこんだろう。帯との組み合わせも悪くない趣味だ。
女のあごに爪を当て化け物は考えた。
綺麗な着物だ。町にいたときにはなかった柄にも惹かれる。
自身の纏う鈍色の帯に手を当て虫どもを落ち着かせる。
「ねえ」
あごを上げ女の顔をじっくりと眺める。
「それくれるなら見逃してあげてもいいよ」
言葉の意味が呑み込めず口をパクパクと動かし、震えるだけの女に朔は苛立ってもう一度叫んだ。
「そのべべくれたら助けてあげるって言ってんの! さっさと脱ぎなさいよ!!」
女は震える指で帯をとき、きものを破り捨てるかの如く脱ぎ捨てる。
「ちょっとちょっと、それアタシのなんだから大事にしてよね!!」
しっしっと手を振ると、ひいっと小さく悲鳴をあげ襦袢姿の女は慌てて立ち上がる。
何度か足をもつれさせながら、先に逃げた男よりはしっかりとした足取りで逃げていった。
そこにいるのは手に入れた着物を広げて上機嫌に笑う少女だけになった。