第3章 三十日月3
星空を映した水鏡を揺らすのは年端もいかぬ少女であった。
湖面を前に跪き、着物が濡れないよう片手で袖を押さえ、もう片方の手を水にひたす。
水から引き揚げた手で頭頂部を撫でつける。そうこうしているうち波紋がおさまり、いつもと違う少女の姿が映し出される。
その姿に満足げにうなずくと立ち上がり、着物の裾を直して、いつもより小さな歩幅で歩いた。
「今日いなかったら承知しないんだから」
枝が突き出た古木を避けて、湿った木の葉が積もった道を慎重な足取りで歩く。
その場所にいつもよりも時間をかけてたどり着いた。
丘の上にそびえ立つ大きな木。幹には二重に巻かれた荒縄。
今日も善逸は木に縛り付けられていた。
「こんばんは」
善逸と出会ってから初めての穏やかな挨拶をした。
「会えてよかった」と力ない返事に朔は肩を落とした。外見を整えたことに対する感想がない。
空を見上げかろうじて見える月の欠片。この明るさでは人間の目に映らないのはしかたのなことかもしれない。
「元気ないね」
少しでも善逸の目に留まることができないかと、縛られたままの善逸の横に座る。
いつもなら夏の終わりの蝉くらいじたばたしている少年が、縛られたまま静かにうなだれていることが気にかかった。
「今日はお別れを言いにきたんだ」
朔は目を大きく見開いた。
「何言ってんのよ! 別れって何!?」
激昂に駆られた朔は善逸の襟首をつかみ、前後に揺さぶる。
「ごめん、ごめんよう」
木の幹に頭が叩きつけられる音の合間から小さく謝罪が繰り返されるが、朔は止まらない。
「ごめんって何なのよ! もう! 意味わかんない!!」
悔しくて情けなくて目の端に涙が出そうになり、朔は顔を見られないように、善逸から手を離し下を向く。
「結婚しようって、家族になろうって。アンタの話は嘘ばっかり」
そんな胸の内を知ってか知らずか善逸も朔の方を見ずに話を続ける。
「俺、明日鬼狩りの試験を受けるんだ」