第4章 新月
「ぜんいつ! これ!善逸起きんかい!」
小柄な老人に揺さぶられて善逸は目を覚ました。
目の前にいるのは善逸にとって唯一無二の師匠。そしてここは少なくとも寝床ではない。
寒い。体が痛い。特に頭が。
老人が揺さぶるたびに善逸の頭はガンガンと木にぶつけられる。
「ちょっとどころじゃないほど後頭部とか痛いんですけど!」
善逸がいつもの調子で文句を言うと、安心したように老人が一息つく。
木を背にして座り込んでいた少年の手を引くと、あきれたように言った。
「さあ今日は最終選別じゃぞ。お前ときたら勝手に家をでて毎日何をやっとるんじゃ」
「何って? 何をだろ?」
立ち上がり辺りを見回して小首をかしげる。
見晴らしの良い丘で気持ちの良い場所ではあるが、背中にある大きな木以外何もない。
昨日の自分はこの木に何か用でもあったのかとよけいに不思議な心持ちになった。
「打ち所が悪かったのかのう。まあ大方選別から逃げようと風邪でもひこうとしたんだろうけどな。わしが鍛えたんじゃ、風邪などひくわけがないじゃろ」
「そんなんじゃないって。なんかこー大事な何か。うん?」
両手を握り必死に訴える善逸だが、善逸自身もよくわかっていなことを露呈するだけであった。
「お前大丈夫か?」
いつもよりも怪しげな弟子の様子にさすがの老人も訝る。
「うん。たぶん」
「しっかりせい。おまえが気に入ってた大福買っておいたから」
「じいちゃん大好き。俺頑張る」
言うが早いが、老人に飛びつく少年。
ほほえましい姿だが、師匠と弟子にしては距離が近い。
老人の方もそんな距離は慣れたものなのか、呆れた台詞とは別に弟子の頭を撫でてやる。
「厳禁なやつじゃな」
やがて歩き出したふたりのその背を押すかのように一陣の風が吹き抜けた。
手櫛で直しながら歩く老人が振り返ると、耳に手を当てじっと音を探す弟子の姿があった。
「どうした?」
「うん、なんか聞こえたような気がして」
「ふーむ、お前は耳が良いからな。大方山に入った誰かの声を拾ったのだろう」
「そうかも。まあ一応返事しておこうかな」
木に向かって大きく手を振った。
「いってきます」