第2章 三十日月2
今日も今日とて善逸に会うため道を急ぐ朔であったが、いつもの草原に出る手前で足を止め、くるりと振り返り走り出した。
手すりにするにはためらうような細い木に手をかけ、斜面の下をのぞき込んだ。
そこにいたのは語らう人間の男女。男の声が低いことに朔は、ほっと息をついた。
「別に疑ってるとかじゃないけどさ。ってか別に女がいたって気にしないし」
誰に聞かせるでもない言い訳を小さくつぶやく。
善逸でないなら、我慢する理由はない。
本性をむき出しに、獲物に狙いを定める。
さあ、食事だ。
ざざっと斜面を飛ぶかのような勢いで滑り降りる。
突然闇の中に現れた第三者に男は女を背に回し守る姿勢をとったが、それが少女とわかると怪訝そうな顔で見返してくる。
「いい夜ね、おふたりさん」
「お嬢ちゃん、こんなところで何やってるんだい? 親は一緒じゃないのか?」
男のほうが近づこうとするのを、女が着物端をつかんで引き留める。
女の勘が働くのか、警戒心が強いのか。そんな女を振り返り大丈夫となだめる男。
ぐぎゅるるる
食事を前に我慢できない腹の虫が鳴いた。
腹が減ってるのかと笑う男。
「そうなの」
ゆっくりと右手を上げ、男に向かって下げた。
「わああっ!!!」
その手の先が男の着物を裂き肌に一筋の赤を見せた。致命傷にならなかったのは、後ろの女が抱き着いたことで態勢が崩れたからだ。
「なんだ。当たってれば怖い思いしなかったのに」
倒れこんだ二人が見上げた先にいたのは、少女ではなかった。
暗闇の中に光る眼。髪の間から見せるとがった角。長い爪をひとなめして嗤う。
幾日も待ち望んだ人の味だ。
「ば、化け物!!!」
ひとならざるのもを認識した男は座り込んだ姿勢のまま後ずさる。
「ま、待って」
同じ姿勢のまま動けない女が震えた声を出すが、男は動きを止めない。
うつぶせの姿勢で動物のように動いては、滑って転げ、転げては気にぶつかり、それでも醜く手足を動かし化け物との距離を広げる。
転げるたびに化け物は手を叩いて笑った。