第1章 三十日月1
呆気にとられたまま地面にめり込むミノムシを見ていた少女であったが、はっと気を取り戻した。
「……死んだ?」
少女の中に警報が流れる。これは絶対に関わってはいけない生き物だ。いや、生きていないかもしれないが。
とにかく今すぐできるだけ早急にこの場を離れなければならない。
しかしミノムシはそれを許さなかった。
「食べるなら痛いことしないで一思いにでもやだああぁぁあっ!!!」
またしても大音量を上げたミノムシ。どこをどうやって動くのか原理はまったくわからないが、少女を中心に円を描くように転がる。
もう関わることを避けられないと悟った少女は腹を決めた。
やかましい生き物かもしれないが、縄でぐるぐる巻きの推定人間ごときに鬼の自分が恐れるなどあってはならないのだ。
まずは耳をつんざく悲鳴を止めることにした。できれば息の根を止めたいところではあったが。
地面を踊る縄の端を足で踏みつけ、少女も負けずに叫んだ。
「食べないわよ!」
少女の勢いに押され、動きをとめたミノムシの口を、がしりとつかみあげる勢いでふさぐ。
「アンタみたいなうるさいの食べるわけないでしょ!」
その顔に顔を寄せる。
「た・べ・な・い! わかった! わかったら返事して!」
口をふさいだまますごむと、ミノムシはそのまま首を縦に振ろうとする。ただしその動きは、少女がしっかりつかんだままでうごうごと頭を動かすにとどまったが。
「静かによ!!」
ゆっくりとミノムシの口から手をよける。べとーっとしたヨダレまみれの手に少女は顔をしかめた。
言い聞かせたとおりミノムシは静かにしている。が、様子がおかしい。
顔が溶けそうなくらいにやけて、そのまま恍惚とした表情を崩さずに口を開いた。
「めちゃくちゃいい匂いがする」
恐怖とはまた別の感覚が背中から全身を走り抜けた。
少女は無言でミノムシから一歩距離をとった。
「待ってって。俺、我妻善逸っての」
「そう、じゃあね」
踵を返すが少女は動けない。首だけで振り返り、恨ましい目で原因を見下ろす。
「なに」
全身縄で縛られた状態で少女の足にまとわりつく善逸の姿があった。
「てへっ。君の名前が聞きたいななんて」
「はぁ……朔よ」