第1章 三十日月1
やるまでもなく水で腹を満たすことなんて無理な話だった。
とはいえ、満足な食事がとれる状況でもなければ、なんでも試さざるを得ない。
夜陰に乗じて人里に降りたのはいつのことだったか。
山すそにあった村は子供も多く、将来にわたってよい餌場になると思っていたが、少し前の飢饉であっさりと消えてしまった。東の町はそれはそれは賑やかであったが、同胞が派手に荒らしまわってくれたおかげで、好からぬ輩がうろつくようになってしまった。
そんな輩に出会ったところで少女にとっては事もない。だが、一人潰せばまた一人。二人潰せば三人、四人と数を増やす上に寝床にまで押しかけてくるので、できれば関わりを持ちたくない。そうなってくるといつものように偶然通りかかる愚鈍な旅人でも襲うしかないのだが、それもやりすぎれば同じこと。
「もうほんと厄介なんだから! こっちはおなか一杯食べたいだけなのに!」
闇に向かって土を蹴飛ばした。
「やわっこい女。あー、子供もいいー。ちー、にくー、ほねまでばりばりのこさないー」
夜夜中の山の中少女は進む。ふわふわとした調子っぱずれな音程に、物騒な言葉をまき散らしながら。
月明りも星のまたたきも木々に遮られ、手を伸ばしたら指先が見えなくなるほどの暗さもなんのその。でこぼことした木の根をまたぎ、滑りやすそうな石面飛び越えて。
「へー、こんな場所あったんだ」
目の前の藪を手で払えば、開けた空に迎えられた。
少女の髪が揺れた。ひんやりとした夜風の心地よさに腕を伸ばす。
草原の向こうに見える小高い丘。あの場所でひとやすみするのも悪くなさそうだとそちらに足を向ける。
丘の上には一本の木がそびえていた。
まだ距離はあるが、遠目で見てもかなりの年月を生きたであろうことがわかる。
大きく広がった枝にはびっしりと隙間なく葉が茂っている。
「なにあれ?」
ミノムシよろしくその枝からぶら下がっている黒い影。
大きさからして吊るされた人間にも見えないことはない。
「まったく命は大事にしてよね。ホヤホヤなら我慢してやらないこともないけど」