第8章 ー天使の涙ー
「本当に何もないのか?」
かろうじてそう訊き返せば、久遠は笑顔を作った。
「うん、何にもないよー」
口角を上げて笑って見せる久遠にこれ以上の詮索は諦めざるを得なかった。
「…そうか。何か困ったことがあったらいつでも言ってくれ」
「うん、ありがとー」
作った笑顔に少しだけいつもの嬉しそうな色が混ざっただけで赤司の締め付けられた心臓が緩んだ。
やはり久遠には笑っていてほしい。
「今日は疲れたか?」
「んーん、大丈夫ー」
「歩いて帰れそうか?」
「うん、大丈夫ー」
「じゃあ、今日は少し遠回りをして他のメンバーと一緒に帰ろうか」
「え?」
訊き返す久遠の声は明らかに嬉しそうである。
いつもは久遠の身体のためと思って寄り道はせずに二人で帰る。
久遠がそれに不満を言うことなどもちろんないが、やはりメンバーが仲良く寄り道をしながら帰っているのを羨ましがる節を赤司は時々感じていた。
「いいのー?」
「あぁ」
「途中でコンビニ寄って買食いしちゃうかもだよー?」
「今日は土曜で登校してきたわけじゃないから目をつぶろう」
「本当にー?」
「あぁ。でも、途中で体調が悪くなるようなら車を呼ぶよ?」
「わかったー!やったー!」
久遠は満面の笑みで飛び跳ねた後、肩にかけたバッグのベルトを握りしめて赤司を見た。
「赤司くん、早く行こう!早くしないとみんな帰っちゃうよー」
「大丈夫だよ。きっとみんな天野を待ってるはずだから」
「そうかなー?みんなと帰るの楽しみー!むっくんとテッちゃんもいればよかったのにー」
「そっちともまた今度帰ればいい」
「うんー!」
スキップするように身体を弾ませる久遠と並んで歩き出す。
ようやくいつもの久遠に戻ったようで赤司は胸を撫で下ろしたが、いつもの久遠に戻したのは自分の力ではなくメンバーとの下校という餌で機嫌を取ったようで後味が悪かった。
そして何より、久遠の中の憂いは未だに彼女の中にあって、きっと頃合いを見てまた久遠を悲しませるに違いない。
憂いの種を見つけることができなければきっとこのまま。
―そんなことあっていいわけがないだろう―
赤司は心のどこかでそんな声が聞こえた気がした。