第8章 ー天使の涙ー
「天野は飼育小屋のうさぎとは面識があるのか?」
うさぎに対して『面識』など使ったのはこれが初めてだったが、久遠の繊細さの前ではこのくらいが丁度いいと赤司は判断した。
「うん、何回かお世話をお手伝いさせてもらったんだー。あと、ごはんあげに行ったり…最近は行けてなかったけど…」
きっとその時にうさぎを抱き上げて、撫でていたのだろう。
久遠は両手の指先をすり合わせる自分の手を見つめながらしょんぼりとそう言った。
飼育委員でもないのによく手伝ったものだ。
ニオイがあるからと嫌厭する者だって少なくない。
ただ久遠の中ではきっと人も獣も変わらない。
きっと目の前の命に優劣はない。
「そうだったのか。新聞記事には『死因は不明』と書かれていたから詳しいことは断言できないが、うさぎの死に他者の介入の痕跡がない以上自然死と考えるのが妥当だよ。ただ、生徒会として飼育環境などは確認してもいいかもしれないね。それと…」
こんな一般論で久遠の憂いが晴れるわけがないことは赤司自身わかっている。
だからこそ、一度言葉を切って未だ手に注がれている久遠の視線を自分に向けさせた。
思惑通り、久遠は何を言うのだろうと不思議そうに赤司を見上げた。
「飼育委員会に埋葬場所を訊いておくよ。今度一緒にお参りに行こう」
それを聞いた久遠の顔はみるみる間に明るくなった。
そして、遂には
「うん!久遠、お花持っていきたい!」
ようやく笑顔を見せてくれた。
それを見て赤司も内のさざ波が凪いでいくの感じる。
「あぁ、それはいいね」
赤司の笑みも先程浮かべたものよりも柔らかくなる。
「あとはー、うさぎが好きな人参とりんごとー」
「それはカラスが寄ってきそうだからやめておこうか」
「んー…わかったー」
「じゃあ、鍵を返してくるからそこでもう少し待っててくれ」
「はーい」
久遠の明るい返事を受けて、職員室のドアを開け、挨拶をして入室をし、決められたところに鍵を返す。
いつもの流れをこなしながら赤司の頭の中にあるのは先程までの久遠とのやりとり。
それを通して赤司は気付いた。
(天野が何かを憂うなら、俺がその憂いを晴らす手立てを示そう)
それが今の赤司の答えだった。