第8章 ー天使の涙ー
そうしてしばらくしてから、青峰の視界に自分のものではない制服のズボンがカットインしてきた。
一瞬遅れて隣の久遠が自らの頭上に高々足を振り上げたのだと気づいた。
上げた足を振り下ろした反動で上半身を起こした。
「久遠、そろそろ戻るねー」
伸びをしながら突然告げられて、青峰は完全に虚を突かれた。
よく考えればこのまま一緒に過ごす仲でもないし、自分は昼寝をしに来ているのだから別に久遠が居ようが去ろうが関係ないのだが、それにしても突然だった。
「久遠、まだご飯食べてないんだよねー」
どうやら午前中の授業が終わってからすぐにここに来ていたようだ。
どうりで(早弁組の)青峰より早くこの場所を陣取っていたわけだ。
「なんだよ、早く行かねーと時間なくなるぞ」
そう言ってシッシッと手で追い払う。
青峰のそんな仕草にも嫌な顔一つしないで「あははー」と笑う久遠は
「じゃあ、また部活の時にねー。お昼寝がんばってー」
「昼寝がんばる馬鹿がどこにいるんだよ」
青峰のキツめのツッコミにも再び「あははー」と笑って久遠は梯子を降りて見えなくなっていった。
そうして訪れた静寂の中で、青峰は一人、青い空を見上げた。
「どこまでも飛べる…か」
そう呟いて、先程までここにいた久遠に思いを馳せる。
普段の振る舞いを見ていても、先程の発言を聞いていても、バスケがかなり好きなのだろうと思う。
そうして思い出されるのが以前見た黄瀬との1on1だった。
黄瀬を出し抜けるほどのテクニックがある。
出し抜いた後にしっかり決めるシュート力もある。
転校前の学校ではプレイヤーだった。
なのに今はマネージャー。
自分でプレイすればいいのに。
安直だがそう思った。
しかし、同時に赤司の言葉が蘇る。
『それなりの理由がある』
きっとそれが答えなんだろう。
じゃなかったら女子なのにわざわざ制服のズボンなんて履かないだろう。
「もったいねぇな…」
久遠だってきっと自由に飛べるはずなのに『それなりの理由』がそれを許さない。
自由に飛べる自覚がある青峰にとってそう思わざるを得なかった。
しかし、いくらそう思ってもそれは本人の問題であって青峰がどうこう言うことではない。
そう結論づけて、青峰は当初の目的通り瞼を閉じた。