第3章 雪と事件
部屋に入ると、あたたかい室内のはずなのに、肌が粟立った。
「ベッドはひとつしかありませんね。……ハルさんが使ってください。私はソファで休ませてもらいますから」
昴さんはそう言って、コートを脱ぎながら穏やかに笑った。
「そんなのダメです! 昴さんにソファなんて申し訳ないです!」
慌てて首を振る私に、昴さんはくすりと微笑む。
「いいんですよ。女の子をソファで寝かせるわけにはいきませんから」
そう言いながら、昴さんが私のすぐ目の前まで歩み寄ってくる。
部屋が狭いせいか、彼の背の高さと体格の良さが、いつも以上に圧迫感として押し寄せてくる。
「それにしても……驚きましたよ」
「え…?」
「ハルさんが、私からの旅行の誘いをOKしてくれるなんて」
突然の言葉に、心臓が跳ねた。
昴さんの細い目が、じっと私の顔を覗き込んでいる。
「最近の君は、どこか遠くを見ているような……何かに怯えているような顔をしていましたから。……少し、心配だったんです」
「昴さん、」
優しく響く低い声。
降谷さんの強引で冷たい温度とは違う、包み込むような暖かさ。
でも、近すぎる。いつのまにかベッドのへりまで追い詰められた私に昴さんがすっと手を伸ばし、頬に触れた。
指先から伝わる熱に、息が止まる。
「あ、っ」
「……ふふ、固まらないでください。髪に、雪が残っていただけですよ」
指先で小さく雪の欠片を払うと、昴さんは目を細めた。
「それとも、君はただ私が君を触ることを許してくれるのかな?」
その言葉に顔をあげる。
昴さんの真剣な表情に、射抜かれるように体の奥が熱くなる。
(ダメ、私、何やってるんだろう)
降谷さんを困らせたくて。
ただの当てつけのつもりだったのに。
もし今、この光景を見られたら。
それは怒らせることへの恐怖なのか、それとも誤解されたくない、という女心か。
逃げ出したいような、でもこの人に寄りかかってしまおうか
というズルい感情がぐるぐると渦巻く。
気まずさに耐えかねて、私が口を開こうとしたその時――
――キャーッ!!!
階下から、空気を引き裂くような女の人の悲鳴が響き渡った。