第3章 雪と事件
「私も、別に問題はありません。不安でしたら私は床で寝ますから、気にしないでください」
と柔らかく微笑んだ。
「そんな床だなんて」
「二人ともすいません、じゃあそれで、ホテルの人にもそう伝えてくるわね」
そう言って園子ちゃんはスタスタとフロントに走って行った。
でも、私の心臓は嫌な音を立てて跳ねていた。
(どうしよう……)
家を飛び出してきた時の、あの衝動的な怒りが一気に引いていく降谷さんが、知らない女の人と親しそうに街を歩いていた姿。
私には『出歩くな』って縛り付ける癖に、自分は自由にやってるんだって思ったら、無性に腹が立った。
困らせてやりたくて、当てつけみたいに昴さんの誘いに乗ってここまで来たのに。
男の人と二人きりで同じ部屋に泊まるなんて、さすがにやりすぎだったかもしれない。
「ハルさん、顔色が悪いようですが……寒くはありませんか?」
いつの間にか、昴さんがすぐ近くに立っていた。
眼鏡の奥の糸のように細い目が、じっと私を見つめている。
「あ、いえ! 大丈夫です、ちょっと疲れただけで……」
「それならよかった。……さあ、荷物を置きに行きましょうか」
そう言って、昴さんは私の手から大きなボストンバッグを自然な動作で取り上げた。
その指先が、ほんの少しだけ私の手に触れる。
「あ……ありがとうございます」
「いいんですよ。君を守るのは、私の役目ですから」
穏やかな声。
いつもの優しい「お隣の昴さん」。
なのに、背中にすっと冷たい汗が流れた。
ーー降谷さんにバレたら。
私、とんでもないことをしちゃったのかもしれない。
吹雪の音が増していくペンションの廊下を歩きながら、私はただ、ポケットの中のスマホを強く握りしめていた。