第2章 ポアロ
ーーー
ガチャ、
疲れた体を動かして、黒の革靴を脱ぐ。
狭い玄関を抜けながらカラスのように黒い手袋とコートを脱いで無造作にダイニングの椅子に掛ける。
「ハロ、起こしたか」
クーンと小さく鳴いて俺に白い体を擦り寄らせる。
頭から背中を数回撫でる。柔らかい。
「ほら、ゆっくり寝ておいで、ハロ」
そういうと、俺の言葉を理解したみたいに、彼のお気に入りの寝床スペースへと帰って行った。
今日は組織が俺の素行調査を秘密裏に行っていた日だった。
1日、なんとことない「休日の安室」を組織に見せ、生活圏内である米花町をうろついた。
その日の夜、そのまま組織に呼び出されて仕事を任されたところを見ると、俺に怪しいところはなかったということだろう。
にしても、一日監視されているというのは、疲れるな…。
キッチンに行きルーティンのようにバーボンに手を取り
タンブラーにそのまま注いでストレートで体に流し込んだ。
今日のバーボンは一段と体に沁みた。
さっきから小さく聞こえる規則正しい寝息に導かれるようにリビングへと足を進める。
目の前の光景にやれやれとため息が溢れた。
そこにはカーペットの上で横になるハルの姿があった。
薄いブランケット一枚を体にかけ、小さく体を丸めている姿はまるで猫のようで、俺は2匹も飼ってしまったのかと自嘲したくなる。
「おい、ハル。床で寝るな。風邪引くぞ」
一緒に生活し始めたときに、頑なにベッドで寝ようとしなかった時を思い出した。
『絶対無理です、寝てる間に殺されたくないです』
『床で寝ようと一緒に住んでたらいつでも俺はお前を殺せるだろう』
『それはそうだけど、そうじゃなくて、あなたと一緒に寝るなんてできません!』
『いいから早くしろ』
そんなやりとりが懐かしく思えた。
バーボンを机に置いて肩のあたりを揺さぶる。
「ん…、」
非難めいた声をあげて彼女は見えなかった前身と顔をこちらに向けた。髪がかぶさって顔がよく見えない。
顔の横に手を置いて、被さるように彼女の髪をどかしてやると、
半開きした薄い唇とキュっとつむったまぶた、そしてその端から流れた涙の跡が見えた。
「……」
彼女を横抱きにして持ち上げる。
背中の温かさを腕いっぱいに感じながらベッドに横にした。