第118章 青い花の秘密
「……香か?」
「香にございます」
宗伯は笑みを浮かべて頷く。
「これは"竜涎香"と申しまして、遥か西の国より海を渡ってきた一級品の香にございます」
信長は箱の中から銀灰色の蝋のような塊を指先で摘み上げ、光に透かすようにして見る。
「竜涎香は鯨の体内で生成され、排出された後は長い年月をかけて海中で漂うことにより熟成し、高貴な香りへと変化していきます。それ故になかなか手に入らぬ貴重な香と言われております」
「なるほどな」
信長は香りを確かめるように顔を近付ける。甘く、海風を思わせるような塩気のある独特な香りがした。
「これもまた、自ら海を渡って参ったか」
信長は香りの向こうにある海路や異国の国々を見据えるように言う。
「博多は海の玄関口にございます」
宗伯の穏やかな声が広間に響く。
「京や堺は日ノ本の富を集める地。博多は海の向こうへと繋がる門でございます。織田様が天下のその先を見据えておられるなら、いずれ必要となる道でございましょう。もし織田様がお望みならば、この宗伯、京や堺だけでは得られぬ品々と……海の向こうの情報をお届け致しまする」
宗伯の言葉は自信に満ちていて、一介の商人でありながら天下人を前にしても一歩も譲らぬ気概が感じられた。
「面白い」
信長は愉快そうに笑う。それは信長が本当に興味を持った時にだけ見せる笑みだった。
「宗伯。貴様、ただの商人ではあるまい」
宗伯は静かに目を伏せた。
「商人は皆、ただの商人にございます」
そう答えながらも、その口元には意味深な微笑が浮かんでいた。
「ふっ…口の回り方も胆の据わり方も、京や堺の商人どもとは少し違うな」
信長は鼻で笑い、扇子をぱちりと打ち鳴らす。
広間に緊張が走るが、あからさまに値踏みをされてなお、宗伯は表情を崩さない。
「恐れながら、土地が違えば商いも違いまする。海と共に生きる博多では、一つの波を見誤れば財も命も一瞬にして失いますゆえ」
「ゆえに、人を見る目にも長けるか」
「商人にとって最も高価な品は、人でございます。何を売るか、ではなく、誰に売るか、が重要なのです。その見極めができぬ者は商人ではございませぬ」
宗伯の返答に、信長の口元が僅かに上がる。
「ならば聞くが、俺は貴様の目にどう映っている?」
試すように問う信長に、宗伯は躊躇うことなく答える。
