第118章 青い花の秘密
「貴様、俺の腹の内を見たとでも言うつもりか」
静かな声だった。だが、その一言だけで空気が震える。
家臣達の背に冷たい汗が流れる。下手な答えを返せば、その場で首が飛んでもおかしくなかった。
しかし宗伯は動じなかった。
「滅相もございませぬ」
深く頭を下げたまま毅然と答える。
「人の心など、他人に見通せるものではございません。ただ、長く商いをしておりますと、目の前の御方が何を望み、どこへ向かおうとしているのか、その気配を感じることがございます」
「ほぅ…」
「織田様のお姿から感じるのは、天下への執着ではございません。天下を取ることのみを目的としている者の目ではない。もっと先、誰も見たことのない景色を見据えておられる御方の目でございます」
静寂が落ちる。誰も口を開けない。
信長もまた宗伯を見つめたまま、しばらく黙していた。
「ならば聞こう」
低く、しかしよく通る声であった。
「その先とは何だ」
宗伯はゆっくりと顔を上げた。信長と視線が交わる。
猛き獣の王のような威圧感。それでも宗伯は微笑を崩さなかった。
「私ごときに分かるはずもございません」
その返答に再び広間に騒めきが広がる。家臣達の顔が強張る。
だが、宗伯は続けた。
「ですが、人は己の器以上の夢は抱けぬもの。織田様が見ておられる先は、恐らく天下人という言葉では収まらぬものでございましょう」
信長の唇が再び吊り上がる。
「くくっ……」
次第に笑いは大きくなり、やがて豪快な笑声となって広間に響いた。
「ははははっ!」
誰もが目を見開く。
信長がこれほど声を上げて笑うのは珍しかった。
「良い」
信長はその場で立ち上がる。
黒漆のような威圧感が一気に広間を支配する。
「貴様は他の商人共とは違うらしい」
宗伯の前まで歩み寄り、見下す。
「天下など、確かに通過点に過ぎぬ」
その言葉に、家臣達が驚いたように息を呑む。
信長は不敵に笑った。
「俺が目指すのは、この国そのものを変えることだ」
宗伯の目が僅かに細められる。
その瞬間、彼は理解した。
――この男は本当に成し遂げるかもしれない。
誰も成し得なかったことを。
宗伯はもう一度深々と頭を垂れた。
「ならば、博多の商人としてお力添え致しましょう」
宗伯の返答に、信長は満足げに鼻を鳴らす。
