第118章 青い花の秘密
部屋に一歩足を踏み入れた途端にそう問われ、朱里はふふっ…と小さく笑いを溢す。
執務中の信長のために菓子を作るのは朱里の日課であり、信長がそれを楽しみにしてくれていることが今更ながら嬉しかった。
「今日は夏らしく"錦玉羮"を作ってみました」
錦玉羹(きんぎょくかん)とは、寒天と砂糖を煮溶かした透明な錦玉液に、豆や果物などの具材や色を加えて冷やし固めた、見た目も涼やかな和菓子である。
「ほぅ…」
信長は筆を置き、興味深そうに朱里の手元へと視線を向ける。
盆の上には、茶碗と小皿に盛られた錦玉羮。
透明な菓子の中には、小豆と小さく切った蜜柑や桃が閉じ込められている。
「まだまだ暑いですから、少しでも涼しい気分になるものをと思って」
そう言って朱里が微笑みながら盆を置くと、信長は皿の上の錦玉羮をしばし眺めた。
陽の光を受けた透明な菓子は宝石のように輝き、その中に閉じ込められた果実が鮮やかな色を添えている。
「ふむ…確かに涼しげだな」
信長は小皿を手に取り、錦玉羮を一口大に切って口へ運ぶ。
ぷるんとした寒天が舌の上で解けて、優しい甘みと果実の瑞々しさが広がった。ひんやりとして喉越しも良く、甘すぎず、さっぱりとした果物の酸味が爽やかで、いくらでも食べられそうだった。
「美味いな」
短い一言だったが、朱里の胸がほっと緩む。
「本当ですか?」
「ああ。甘すぎず、寒天本来の味も果実の味も生きている。小豆が入っているのも良いな」
珍しく細やかな感想を口にする信長に、朱里は思わず顔を綻ばせる。
「気に入って頂けたみたいでよかったです」
続けてまた一切れ錦玉羮を口に運ぶ信長を見て、朱里は嬉しそうに口元を緩めた。
日々忙しい信長の政務の合間の息抜きになればと思い、南蛮菓子などを作り始めたのが始まりだが、今では自分自身の趣味にもなっていて、季節ごとに今日はどんな菓子にしようかと悩むのもまた楽しい時間だった。