第4章 心の縁-よすが-《前編》
布が擦れる音。浅く、苦しげな乱れた呼吸。押し殺すような咳と、短くて深い身体の奥から絞り出すようなそんな音。
それは…皆の前では決して見せなかった審神者の、ひどく脆い気配だった。
「…っ」
大倶利伽羅は一歩踏み出しかけて——止まる。やがて咳は収まりいつもの声がした。
「大倶利伽羅でしょう?…入っていいわよ」
そっと襖を開けると、審神者は背筋を伸ばして座っていた。けれどその指先はわずかに震えている。
「…顔色が悪い」
大倶利伽羅がそう告げると、審神者は困ったように笑った。
「そう?最近、少し疲れやすいだけよ」
そう言ってあんずの頭を撫でる。その手のひらは以前よりも少し冷たかった。だけどあんずはそれに気づかない。ただ、いつもより強く母に抱きつくだけだ。
審神者の部屋を出てから――差し込む昼の光が静かに照らされる廊下で、大倶利伽羅は立ち止まったまま動かなかった。
「…時間の問題か」
誰に言うでもなく低く呟く。これまで刀として数えきれない程の別れを見てきた。だからこそ分かる。――これは突然崩れる類のものではない。静かに、確実に削れていく兆しだ。