第4章 心の縁-よすが-《前編》
あんずのはしゃぐ声に大倶利伽羅の腕にかかる重みが一点に偏る。彼はその動きに合わせて自然と抱き支える力を強め、落ちないように手の位置を調整した。
暫く腕の中で鯉に餌をやりながらはしゃぐあんず。その小さな身体はついさっきまで絶えず揺れていたのに、池を眺めているうちに段々と身体から力が抜けていく。
鯉の跳ねる音も、水面のきらめきもだんだん遠くなり、こっくり…こっくり…と小さく頭が揺れ、額が彼の胸に触れた。
大倶利伽羅はその変化にすぐ気づいたらしい。腕の中の小さな重みを確かめるように、そっと抱き直した。
「…寝たのか」
その言葉に対しての返事は返ってこない。けれど、いつの間にかその小さい手は大倶利伽羅の戦装束の上着をぎゅっと掴んでいた。
――幼子というのは、こんなにも急に静かになるものなのか。
刀だった頃には縁のなかった存在。戦の場でしか刻まれた記憶のない自分には、この変化はどうにも掴みどころがない。
ほんの一瞬前まで笑っていたのに、今は腕の中で呼吸だけを小さく続けている。
大倶利伽羅はもう一度その指先を見つめた後、静かに踵を返す。池から離れ、回廊を抜け、母の待つ部屋へと向かう。その足音はあんずを起こさぬように、いつもよりもずっと静かだった。