第4章 心の縁-よすが-《前編》
大倶利伽羅が何か言おうとする前に、あんずのほうが先に口を開いた。抱いている腕に思わず力が入る。
「あっ、わたしね、あんず!」
「は……」
なんの躊躇もなく自分の名前を口にするあんずに対して、大倶利伽羅は目を見開いた。
「…あんた」
「あんたじゃないのっ、あんず!わかった??」
あんずの言葉に大倶利伽羅はがらにもなく慌てて周りに誰もいないかと辺りを見渡す。幸い己以外誰もいなかったことに安堵するも……あんずはまた自分の名を軽々と口にした。
「ねえ、きこえてる?あんずだよ?」
「…ッ、あんた、母親に名前を教えるなと言われていないのか」
あんずはきょとんと目を瞬かせ、しまった、という表情が幼い顔に一瞬だけ浮かんだが、それもすぐにいたずらっぽい表情に変わった。
「えへへ。ママにはないしょだよ?」
――あまりにも無垢だった。その様子に大倶利伽羅は呆れたように息をひとつ吐く。
「……聞かなかったことにする」
それが、彼にできる唯一の選択だった。付喪神である刀剣男士が数多く存在するこの本丸で、この小さな命がどれほど危うい立場にあるのかを、あんずがまだ何ひとつ理解していないことを彼は知っていた。