第4章 心の縁-よすが-《前編》
だからその日も誰に言われるでもなく、あんずは一人で外へ出た。庭先に伸びる木を見上げ、登れそうだ、と安易に思った。あそこから見る景色はどんなものかな?ただそれだけの理由だ。
――落ちるまでの時間は、ほんの一瞬。
小さな手が枝を離れ、幼い身体が宙に投げ出された。地面に叩きつけられる、とあんずはぎゅっと目を瞑る。
「っ……危ない」
すぐ傍で聴こえてきた低い声とともに、不思議と衝撃は訪れなかった。代わりに、固く、力強い腕に抱き留められていた。
あんずが見上げた先にあったのは、綺麗な金色の瞳だ。
大倶利伽羅は、この娘の存在を知らなかったわけではない。審神者に子が生まれたことも、本丸が一時浮き足立った空気に包まれたことも、はっきりと覚えている。
短刀たちが代わる代わる産まれたばかりのあんずを腕に抱き、「ちいさい!」「あったかい!」「いい匂いがする!」と騒ぎ立てていた光景を、彼は少し離れた庭の木の下から眺めていた。
彼と馴染みの刀である燭台切光忠が、離乳食とやらを歌仙兼定と一緒に四苦八苦しながら調理していたのも昨日のように覚えている。
ただ、近づく理由がなかった。
人の子は脆い。
刀の身で触れるものではない。