第2章 儚く切ない記憶の中で《前編》
それにしてもこんなずぶ濡れの姿で入っていいのだろうか…
とても場違いな気がして不安になったけど、この旅館の人に案内されているのだからきっと大丈夫なんだろうと、覚束ない足取りで女性の後を歩いた。
オレンジ色の灯りがほのかに照らされた落ち着いた雰囲気の廊下を歩いて、辿り着いた部屋の前で女性の足が止まった。
「こちらの部屋になります。備え付けのお風呂でお体を温めて頂いて、ごゆるりとなさってくださいね」
上品に微笑み、丁寧にお辞儀をした後女性は去っていく。
ドアを開け部屋に足を踏み入れると、広く高級感溢れるお座敷が広がっていて、い草の良い香りが鼻を突き抜けた。部屋から見える中庭は綺麗に手入れされていて鹿威しがある。こんな雨の日でなければきっと素敵な景色なんだろうな。
すこし残念に思いながらも綺麗に整えられた室内を興味津々に見渡していると、鶴ちゃんが「風呂に入って温まってきたらいいぜ」と私をお風呂場に案内する。
「でも、鶴ちゃんもびしょ濡れだし風邪引いちゃう」
「俺はあんずの後で平気なんだが………きみは、俺と仲良く一緒に入りたいってのかい?」
「いや、それは…っ」
「俺は嬉しい限りだぜ?」