第29章 カモミールの庭で
「リックさんとのあいだに何があったのか、何もなかったのか… 私にはわからないし関係のないことかもしれないです。でもこれだけは言いたいです」
マヤはイルザのことを想うからこそ、自身の気持ちを誠実に伝えなければと言葉を選ぶ。
「私に言ってくれましたよね…? “マヤさんの心の底にある素直な想いを優先してほしい” って。そして… “心のままに自由に生きてほしい” とも…。あのとき私は、イルザさんの言葉がすごく心に響きました。だから私もイルザさんに同じことを言いたいです。イルザさんの心の中の強い想いに耳を傾けてくださいと。遠い過去の話だから今さらどうすることもできないなんてことはこの世界にはないと思うし、勇気を出して一歩を踏み出せば見えてくる景色もあると思います」
マヤの力説に下を向いていたイルザが顔を上げる。
「勇気…」
「そうだな、リックとどんな話をするのか知らねぇが腹を決めろ、勇気を出せ! 呼ぶぞ」
しなやかなレイの指が呼び鈴にふれて、ちんと涼やかな音が響く。
しばらくすると
「お呼びでしょうか」
と、リックが相変わらずの丁寧な物腰で現れた。
「リック、今から閉店時間までオレが店を買い取るから、今すぐ店を閉めろ」
「「えっ!」」
思いがけない提案を耳にして、イルザとマヤの二人は目をまん丸にしてレイの顔を見る。
だが王都で貴族の相手をしてきたリックは、今までにも散々貴族のわがままや突拍子もない要求に応えてきただけあって、平然と受け止めた。
「……かしこまりました」
その理由も訊かずに、リックは “closed” の札をかけに出ていった。
途端にマヤが詰め寄る。
「レイさん! 店を買い取るってどういうつもり?」
「そのまんまさ。ただ店を閉めろは悪いだろ? ちゃんと補償してやんねぇと。イルザ、店は閉めさせた。オレとマヤは出ていく。あとは好きにしろ、いいな?」
そう言うなり立ち上がって、レイはマヤのそばに行く。
「行くぞ」
「えっ、あっ」
突然のことで理解が追いつかず、あたふたしているマヤの腕をつかんで立ち上がらせた。