第29章 カモミールの庭で
「二人がそう言うなら、そうかもしれないけれど…」
イルザはあれこれと思い悩んでいる。
……嬉しかったのよ、リックが憶えていてくれて。
私が好きなカモミール。
何度も淹れてくれたカモミールティー。
目の前に置かれた綺麗なカモミールのティーカップを見たら、一瞬で昔の記憶がよみがえったわ。嬉しくてたまらなかった。
だから言ったのよ “憶えてくれていたのね” と。
でも…。
リックは “コサージュもブローチも大変お似合いでございます” と。
……あぁ、そうだったのね。憶えてくれていたのじゃないのね。
すうっと冷えていく私の気持ち。
とても悲しくて。
それがリックの紅茶の香りを吸いこんで、ひとくち飲めば懐かしいその味に心を鷲掴みにされる。
そうよ、この味だわ。
リックの淹れる基本の紅茶。
何度も何度も飲んだこの味。
もう二度と口にできないと思っていたのに、また味わえる日が来るなんて。
もうリックが私のことを憶えていたかどうかなんて気にしないわ。きっと憶えていなかったのだと思うけど、それでもいいの。この紅茶を飲めたんだもの。それだけで充分に幸せよ。
そんな想いでいたときにレイとマヤさんが断言するのよ、“リックが私の好きな花を憶えていた” と。
……そうなの?
もしそうなら、やっぱりこんなに嬉しいことはないわ…。
「イルザさん…、イルザさん!」
「あら、ごめんなさい。ぼうっとしていて。何かしら?」
「スコーン、すごく美味しいですよ? クロテッドクリームはもちろんですけど、ジャムがまた最高…!」
いちじくのジャムを乗せたスコーンを頬張ったマヤの瞳は、きらきらと輝いている。
「うふふ、美味しそうに食べるのね」
笑ってスコーンを口にしたイルザも目を丸くする。
「本当! とても美味しいわ」
しばらくは美味しい紅茶とスコーンを堪能して、そろそろティーポットから二杯目の紅茶を注ごうかといったあたりで。
レイがさりげなく切り出した。
「なぁイルザ、リックと積もる話があるだろう?」
「……え?」
「当時、一番サロンにリックを招いたのはイルザだろ? ただの紅茶職人と客以上の関係だったんじゃねぇのか?」
「………」
イルザは黙ってしまい、マヤは心の中で絶叫した。
……いきなり何を言い出すの!