第29章 カモミールの庭で
「はい…、好きです」
マヤがつぶやくと、リックは声には出さないが “それは良かった” と言わんばかりの優しい笑みを浮かべたのちにレイのティーカップを置く。
「オレは白薔薇」
「白薔薇といえばレイモンド様をおいてほかにいらっしゃいませんので…」
「まぁそうなるよな」
レイとリックは親しげな笑みを交わした。
そして、いよいよイルザ。
かちゃりと置かれたカップ&ソーサーは言うまでもなくカモミール。淡い水色の下地に白と黄色のカモミールの花が優しく映える。
「……憶えてくれていたのね」
「もちろんでございます。コサージュもブローチも大変お似合いでございます」
「ありがとう…」
レイとマヤは固唾をのんで二人のやり取りを見守っていたがそれ以上の進展はなく、リックは以前マヤに “パフォーマンスだ” と説明した高いところから紅茶を淹れる技を黙々と披露した。
そして。
「何かございましたら、卓上の呼び鈴をお使いください。では、ごゆっくりどうぞ…」
リックの消えた厨房へ通じる扉をぼんやりと見つめながら、マヤがつぶやく。
「行っちゃいましたね…」
「行っちゃったな」
何事も起こらない現状に軽くショックを受けながらレイもつぶやいたが、気を取り直して。
「さぁ、飲もうぜ。稀代の天才、紅茶の魔術師のオリジナルブレンドを!」
「そうですね! いただきます」
場を盛り上げようとマヤも明るい声を出して、カップを持ち上げて香りを吸いこんだ。
……あぁ、やっぱりとても素晴らしいわ。
紅茶らしい王道の香りが初秋の風のように鼻を抜けていった。どこか懐かしいような、それでいてその香りを知るたびに出会う新鮮な驚き。
「リックさんの紅茶は、いつも私に紅茶の可能性を教えてくれるわ…」
誰に言うでもなく、気づけば口にしていた紅茶の感想。
「そうね、わかるわ…!」
同調したイルザの顔を見れば、涙を浮かべている。