第29章 カモミールの庭で
「いえ、レイさんが後からきます」
「ほぅ、レイモンド様がいらしているのですか」
……はて? レイモンド様とは。
リックはその柔和な笑みを浮かべた顔には全く出さなかったが、内心では首をかしげまくっていた。
……レイモンド様がマヤ様と来なさったときには恋の行方は誰にもわからぬと思っていたものだが…。
その後あのいつもは無表情の兵士長が、ただならぬ様子で髪を振り乱して店に飛び込んできたのには驚いた。
あのとき確かに兵士長はこう言った。
“爺さん、マヤが来なかったか?”
あれは間違いなくマヤ様を血眼になって捜していた。恐らくレイモンド様からマヤ様を取り戻すために。
だからてっきり私は、次にマヤ様がご来店するときにかたわらに立っているのは、兵士長かと思っていたのだが…。
「はい。お知り合いの方と一緒に訓練の見学に来られているんです。今日はその方も一緒に、ぜひリックさんの紅茶を…」
マヤがそこまで話したとき、カサブランカの白い扉がゆっくりとひらいた。
「……いらっしゃいませ」
反射的に振り向いたリックの顔がおだやかな笑顔に変わる。
「……レイモンド様、お待ちしておりました。今しがたマヤ様よりご来店されると伺ったところでございます」
「あぁ、来たぜ。今日はな、オレの親戚も連れてきた」
「……ご親戚ですか」
「あぁ。ちょうど調査兵団の訓練の見学でこっちに来てるからな。母の従姉の…」
ちょうどそのとき、イルザが店内に一歩踏み入れた。
「レイ、素敵なお店ね…、あっ…!」
イルザが目の前に立つリックに気づいて息をのむ。
そしてリックもまた。
「……イルザ様…!」
「リック…」
驚き、見つめ合う二人のあいだに流れた時間は一体どれくらいに感じられただろう。
何秒? 何十秒? 何分?
先に口をひらいたのは、イルザだ。
「レイ、驚いたわ。リック・ブレイン…、紅茶の魔術師じゃないの。どうしてひとこと言ってくれなかったの」
その声は少し蒼ざめ震えていて。
マヤにはイルザが気丈にふるまっていると、すぐにわかった。
「驚かせようと思ってな。オレもこの店にリックがいるって知ったときは驚いたから」