第29章 カモミールの庭で
「……紅茶専門店? それは楽しみだわ。マヤさんが美味しいと言うなら、お味の方も間違いないだろうし」
「ええ、間違いないですよ。とても素敵なお店なんですけど、席が少ないんです」
「まぁ大変!」
せっかく素敵な紅茶専門店へ連れていってもらうのに席が空いていなかったらどうしようかと、イルザは慌てた。
「大丈夫です。ひとっ走りして席を確保しておきますから」
「いいの? 遠いんじゃなくって?」
「こことは違う通りですけど、私は兵士ですから。こう見えて足は速いんですよ?」
「頼もしいわね。じゃあ、お願いするわ」
「はい。イルザさんは、レイさんとゆっくり来てくださいね」
「わかったわ」
「では、またあとで…」
マヤはぺこりと頭を下げると駆けていった。
その後ろ姿を見送って、イルザは感心した様子だ。
「あら、本当に速いのね」
「あれは全然本気の走りじゃねぇと思うぜ?」
「そうなの?」
「あぁ。オレが初めてマヤに会ったときにな、ヒールを脱ぎ捨ててドレス姿で全速力で走ってたんだ。それですっかり心を奪われちまった」
「まぁ! 一体どういう状況なの?」
「歩きがてら話そう。その荷物を貸しな」
レイはイルザの買い物の荷物を引き受けると、グロブナー伯爵家でのマヤとの出逢いを話し始めた。
一方、マヤは。
あっという間に紅茶の魔術師リック・ブレインの店 “カサブランカ” に到着した。
入店する前に深呼吸をする。これから起こそうとしている奇跡の縁結びが成功するかどうかの緊張と、走ったことによって速くなっている鼓動を落ち着かせるために。
……ふぅ。
真っ白な壁と扉が、まるで侵入を阻むかのようにそびえ立っている。
……やっぱり二人を再会させようだなんて、おせっかいかしら…。
そんな考えも、ちらりと頭をよぎる。
……何を今さら! 二人がお互いに忘れずに想い合っていることは間違いないわ。大好きな二人の背中を押してあげるだけのことよ。
もしおせっかいなら、リックさんもイルザさんも素知らぬふりをすればいいんだから……。
「……よし、行くわよ!」
大きな声でマヤは自身に発破をかけると、白い扉に手をかけた。