第29章 カモミールの庭で
「あら、そうだったの」
「はい。その…」
マヤはイルザの胸元に今日もあるカモミールの刺繍のブローチに目をやる。
「ブローチがあまりにも素敵だから…」
「まぁ!」
自身の手作りのブローチを褒められてイルザが頬を染める。
実際に、これは嘘ではない。イルザと昼食を取ったあとレイと打ち合わせをしたときに、マヤは話していたのだ。
“イルザさんが素敵なブローチをつけていました。カモミールの花を刺繍したものだったんですけど、イルザさんが一針一針想いをこめて刺繍したそうです。リックさんが、想い人はカモミールを愛していたと言っていましたし、やっぱりイルザさんがリックさんの想い人で間違いないと思います”
マヤの援護を受けて、レイも言い添える。
「そうだったよな。それにさっきイルザが言ってたじゃねぇか、この街を上から見たらカモミールみてぇだって。だからオレは、イルザがコサージュにしたい花はカモミールだと思ったって訳さ」
「そうだったのね。私カモミールがとても好きだから、コサージュもカモミールで作りたいわ」
「お花自体は売ってないみたいですけど、コサージュ用にはあるってことなんでしょうか?」
今、店の奥にカモミールを取りに行っている店主のことを思い出して、マヤが首をかしげる。
「そういうことじゃねぇか?」
レイが同意してくれたところで、店主がバタバタと慌ただしく戻ってきた。
「お待たせいたしました!」
カモミールの切り花を手にして顔を赤くしている。急いで走ってきたからか、レイに好意を寄せているからなのか。
「これ…、自宅に飾ろうと思って少しだけあったものです。この花でお作りしてもよろしいでしょうか…?」
相変わらずレイだけを見ているので、当のレイは苦笑している。
「いいんじゃねぇか? イルザ、どうだ?」
「ええ、よろしくってよ。わざわざ私のためにカモミールを譲ってくださるのね? ありがたいわ」
「いえ、当然でございます。では早速お作りいたしますので少々お待ちください」
そう言って再び店の奥に消えようとした店主をレイが呼び止めた。
「待ってくれ」
「はい! なんでしょう…?」
「これで…」
レイはさっと売り場の白い薔薇を数輪差し出した。
「もう一つ、作ってくれねぇか」