第29章 カモミールの庭で
「そう…、イルザがもういいと言うなら無理には訊かないわ。誰でも胸にしまっておきたい過去の一つや二つ、あるでしょうから」
アマンダはにっこりと微笑んだあとに、マヤの方を見てつけ加えた。
「マヤさんには好きに生きてほしいの方なんだけど…、その気持ちはあたくしにもあるにはあるけど、やっぱり賛成しかねるわ。だってレイと結婚してほしいもの!」
「………」
返答に困っているマヤを再び助けるイルザ。
「アマンダ! いい加減にして。マヤさん、気にすることはないのよ? 貴女は想いを遂げてちょうだい。いいわね?」
「はい」
「もう、仕方ないわね! レイと結婚してあたくしの娘になるのが一番だけど、マヤさんの好きな人と幸せになる未来の方も応援するわよ。あぁもう! マヤさんに想われている殿方は幸せ者ね! 一体どんな方なのかしら」
首をかしげているアマンダに、イルザは悪戯っぽい笑顔を向けた。
「意外と私たちの知っている方かもしれないけどね。でもこればっかりは、人の心を見る眼鏡はないものだからわからないわ」
「本当にね! そんな魔法のような眼鏡が発明されたらいいのに」
「うふふ、そうでしょう?」
従姉妹であり幼馴染みの二人の貴婦人は楽しそうに笑い合っていて、すっかりマヤは置いてきぼりだ。
だがアマンダの “マヤさんの好きな人がどんな方なのかしら” の言葉にドキドキしてしまったマヤは、今の状況がちょうど良い。
……リックさんがイルザさんの想い人で、一日たりとも忘れたことなどなく今も想っていることに間違いはないと思う。
だってリックさんの話をするイルザさんは、とても幸せそうだったもの。
そしてリックさんの想い出を胸に一針一針心をこめて、カモミールの花を刺繍したんだわ…。
昼食時の状況を説明し終えたマヤは、リヴァイの顔を正面から見つめた。あらためて背すじを伸ばして話し出す。
「兵長、イルザさんとお話をしたのは短いお昼の時間だけですけど、私は彼女が今もリックさんを想っていると確信しました。でも強く想っているのと同時に、あきらめてもいると感じました。あのカモミールの刺繍の花にリックさんへの想いをすべて閉じこめているんだと思います」