第29章 カモミールの庭で
「あら、なぜそんな風に言い切れるのよ…」
公爵夫人の声には、思いがけず強く反論されたことに対するわずかな不満が感じ取れる。
「あの人は…、心から紅茶を愛していたわ。何よりも…、誰よりも…。どこにいても、誰といても…、きっと紅茶商をしているに違いないわ。私はそう信じているの」
「そうかしら…?」
一度は反論し返した公爵夫人だったが、
「でもまぁ当時、一番よくリックのお茶を飲んでいたイルザが言うなら、そうかもしれないわね」
と、急に同意する方向に方針を変えた。
なぜなら目の前に優雅に座っている従姉であり幼馴染みのイルザの瞳が、かつて目にしたことのないほどに真剣だったからだ。そこには誰にも彼女の意見には抗えない強さがあった。
そして二人の貴婦人の様子を黙って観察していたマヤも、イルザの強い信念を感じていた。
「そうよ、アマンダ…。私が一番彼の紅茶を飲んでいたのよ…」
イルザがそうつぶやいて、無意識のうちにドレスの胸元につけているブローチに手を添えた。
白を基調にしたドレスの胸元を飾っていたブローチは、白い花を刺繍したもの。豪華絢爛ではなく清楚な雰囲気のものだ。
マヤはイルザが手を添えたことによって、そのブローチに意識が初めていったのだが、すぐにそれがなんの花なのかわかった。
……カモミールだわ…!
可憐な小さな白い花びら。花の中心部は可愛らしい黄色で丸く盛り上がっている。
踏まれても決して枯れずに花を咲かす、強い生命力を持つカモミールは、リックの店 “カサブランカ” の中庭一面に咲いていた。
「ラント前侯爵夫人、そのブローチ… 素敵ですね」
「あら、ありがとう」
「カモミールの花ですよね…?」
「ええ、そうよ。私がこの世で一番好きな花なの。これはね、私が刺繍したの」
「手作りなんですか! すごいです!」
まさか手作りとは思っていなかったマヤが、感嘆の声を上げる。
「そんな大層なものでもないのよ。ただ一針一針想いをこめて刺繍しただけ」
優しい目をしながらブローチのことを語るイルザを、バルネフェルト公爵夫人は微笑ましそうに見つめている。
「昔からイルザは薔薇や百合ではなく、そのちっぽけな白い花が好きだったわね」
「そうね」