第29章 カモミールの庭で
「あら嫌だ。あたくしが社交界の黒幕みたいな言い方でございませんこと?」
二人掛けソファと四人掛けソファのあいだに位置する大きな肘掛け椅子にゆったりと腰をかけたバルネフェルト公爵を、アマンディーヌ公爵夫人は茶目っ気たっぷりな様子で軽く睨みつけた。
「実際そうじゃないか。この私も、ロンダルギア家も、ほらここにいるイルザのところのラント侯爵家も皆がアマンダ、君にひれ伏すよ」
「ひれ伏すだなんて…」
そう言いながらもアマンディーヌはまんざらでもない様子だ。
「そうだわ、あなた。ひれ伏すで思い出したけど、あたくしとうとうマヤさんに会えたのよ! とっても嬉しいわ」
「あぁ、そうだね。この世に我が息子の求愛を袖にするご婦人がいるとは思いもしなかったが…」
じろりと公爵にねめつけられて、マヤは生きた心地がせず必死で大理石の床だけを凝視している。
「バルネフェルトの名も、有り余る富も、そして… 親から見ても非の打ちどころのないレイモンドよりも、自身の愛する人を選ぶなど…」
……もう駄目!
“自身の愛する人を選ぶなど” のつづきはきっと。
言語道断! もってのほか!
よくもおめおめと、この屋敷にやってきたものだ!
私、公爵の怒りと言葉で殺されちゃう…!
マヤのストレスは限界だった。
いくら任務とはいえ、プロポーズを断った貴族の屋敷に顔を出すなんて。
だがマヤがぎゅっと目をつぶったそのときに聞こえてきた公爵の声は、意外にも面白くてたまらないといった豪快な笑い声。
「あっはっは! 本当に最高の決断だよ、マヤ君! よく自分の心に正直になれたね」
てっきり糾弾されると覚悟してかたく目を閉じていたマヤは予想外に褒められたことに驚いて、ぱっと目をひらいた。
そして恐る恐る顔を上げると、にこにこと笑っている公爵とばっちり目が合う。
「この王都にいる者ならば誰でも、たとえ意中の人がいようがレイモンドのプロポーズを受け入れるに違いない。だが君はそうではなかった。いやぁ愉快愉快!」